No.133 - ベラスケスの鹿と庭園

以前に何回かベラスケスの作品と、それに関連した話を書きました。 No.19 - ベラスケスの「怖い絵」 No.36 - ベラスケスへのオマージュ No.45 - ベラスケスの十字の謎 No.63 - ベラスケスの衝撃:王女と「こびと」 の4つの記事ですが、今回はその続きです。 スペインの宮廷画家としてのベラスケス(1599-1660)は、もちろん王侯貴族の肖像画や宗教画、歴史画を多数描いているのですが、それ以外に17世紀当時の画家としては他の画家にないような特徴的な作品がいろいろとあり、それが後世に影響を与えています。 ます「絵画の神学」と言われる『ラス・メニーナス』は後世の画家にインスピレーションを与え、ベラスケスに対するオマージュとも言うべき作品群を生み出しました。以前の記事であげた画家では、サージェント(No.36)、ピカソ(No.45)などです。オスカー・ワイルドは『ラス・メニーナス』にインスパイアされて童話『王女の誕生日』を書き(No.63)、ツェムリンスキーはそれを下敷きにオペラ『こびと』を作曲しました。近年ではスペインの作家、カンシーノが小説『ベラスケスの十字の謎』を書いています(No.45)。 圧倒的な描写力という点でベラスケスは突出しています。それは、若い時の作品、たとえば『セビーリャの水売り』(1619頃。20歳)の質感表現を見るだけで十分に分かるのですが、極めつけは『インノケンティウス10世の肖像』(1650)でしょう。この絵については N…

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No.132 - 華氏451度(3)新訳版

レイ・ブラッドベリ(1920-2012。米国)の小説『華氏451度』(Fahrenheit 451。1953)について、以前に2回にわたって感想を書きました。 ・No.51 - 華氏451度(1)焚書〔2012.3.24〕 ・No.52 - 華氏451度(2)核心〔2012.4.06〕 の二つです。 日付から推測できるかもしれませんが、作者のレイ・ブラッドベリは、記事を書いた直後(2012.6.5)に92歳で亡くなられました。その時も何か書こうと思ったのですが、適当なテーマが見つけられませんでした。 そうこうするうち、2014年に小説の新訳が出版されました。『華氏451度〔新訳版〕』(伊藤典夫・訳。ハヤカワ文庫SF。早川書房。2014.6.25)です。今回はこの新訳の感想を、ブラッドベリの追悼の意味も込めて書きたいと思います。『華氏451度』のあらすじや、そこで語られていることについては、No.51、No.52 を参照ください。 レイ・ブラッドベリ 「華氏451度・新訳版」 (伊藤典夫訳。早川書房。2014)  以下、従来の『華氏451度』(宇野利泰・訳。ハヤカワ文庫SF。早川書房)を「旧訳」と呼ぶことにします。 マルクス・アウレリウス マルクス・アウレーリウス 「自省録」(岩波文庫)No.51「華氏451度(1)焚書」に書いたのですが、旧訳の違和感は、Marcus Aurelius という人名を、英語読みそのままに「マーカス・オー…

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No.131 - アップルとサプライヤー

以前にアップル社についての3つの記事を書きました。  No.58「アップルはファブレス企業か」  No.71「アップルとフォックスコン」  No.80「アップル製品の原価」 の3つです。今回もその継続で、アップル社とサプライヤーの関係、特にアップル製品の製造(最終工程である製品の組立て = アセンブリ)を受託しているフォックスコンとの関係について、最近の新聞記事から感じたことを書きたいと思います。なお、フォックスコンは、台湾の鴻海ホンハイ精密工業の中国子会社である富士康科技集団の通称ですが、鴻海(ホンハイ)も中国子会社も区別せずにフォックスコンと書くことにします。 その前に No.58とNo.80で書いたことを振り返ってみると、まず No.58「アップルはファブレス企業か」ではアップル製品の製造(製品組み立て)を受託しているフォックスコンに関して、 ◆アップル製品の原価に占める「組立費」の割合は 5% 以下だと考えられる。 ◆アップル製品の販売価格からみた製造原価の割合(原価率)は50%以下だと考えられる。 ◆原価率が50%、組立費の割合が5%だとしても、販売価格に占める組立費は2.5%である。組立費の多くは人件費のはずだが、仮に人件費が倍になったとしても、製品価格を高々2.5%押し上げるだけである。人件費の影響はこの程度に過ぎない。人件費が安いから中国の会社に委託する、といった単純なものではないはずだ。 ◆フォックスコン…

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No.130 - 中島みゆきの詩(6)メディアと黙示録

No.64~68 は「中島みゆきの詩」と題して、中島みゆきさんが35年に渡って書いた詩(の一部。約70編)を振り返りました。その中の No.67「中島みゆきの詩(4)社会と人間」では、現代社会に対するメッセージと考えられる詩や、社会と個人の関わりについての詩を取り上げました。今回はその続きです。 最近、内田樹たつる氏の「街場の共同体論」(潮出版社 2014)を読んでいたときに、中島さんの「社会に関わった詩」を強く思い出す文章があったので、そのことを書きます。 内田 樹・著「街場の共同体論」は、家族論、地域共同体論、教育論、コミュミケーション論、師弟論などの「人と人との結びつき」のありかたについて、あれこれと論じたものです。主張の多くは内田さんの今までのブログや著作で述べられていることなのですが、「共同体 = 人と人との結びつき」に絞って概観されていて、その意味ではよくまとまった本だと思いました。この中に「階層社会」について論じた部分があります。 階層社会の本質 「階層社会」という言葉をどうとらえるかは難しいのですが、ここではごくアバウトに、  単一の、あるいは数少ない "ものさし"で測定される「格差」があり、その格差が「固定的」である社会 という風に考えておきます。人の格差を測定する"ものさし"とは、その人の「年収」や、もっと曖昧には「社会的地位」であり、固定的とは、階層上位のものは(あるいは集団は)ずっと上位にとどまり、それは世代を越えて続く傾向にあるこ…

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No.129 - 音楽を愛でるサル(2)

(前回から続く)キツネとブドウ 前回からの続きで、正高まさたか信男・著『音楽を愛でるサル』(中公新書 2014)についての話です。著者は音楽が「認知的不協和」に与える影響を実験したのですが、「認知的不協和」を説明するためにイソップ寓話の「キツネとブドウ」を例にあげています。 「キツネとブドウ」は大変に有名な話で、数々の類話や脚色があります。著者もかなり「脚色して」紹介しているのですが、オリジナル版の話は短いものです。最も広まっているシャンブリ版(フランス 1927)のイソップ寓話集からの訳を掲げます。 飢えたキツネが、ブドウだなからブドウの房がさがっているのを見て、取ろうと思った。しかし、取ることができなかったので、つぎのようにひとりごとをいいながら立ち去った。「あれはまだ酸っぱくて食えない」 同様に、人間のなかにも、自分の力がなくてことをうまく運ぶことができないのを、周囲の事情のせいにする者がいる。 塚崎 幹夫・訳 『新訳 イソップ寓話集』 (中公文庫 1987) キツネが立ち去る時の「捨てぜりふ」は、要するに「負け惜しみ」です。英語で「酸っぱいブドウ=sour grapes」と言うと、ズバリ負け惜しみを意味します。 この話を心理学的に解釈するとどうなるでしょうか。心理学では「したくてもできない」という状況に置かれたとき「認知的不協和」が生じたと言い、そのとき人は(イソップではキツネですが)心のバランスを回復するために自分の認識を都合よく修正する傾向…

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No.128 - 音楽を愛でるサル(1)

No.62「音楽の不思議」で、音楽の「不思議さ」についていろいろ書きました。特に、  印象的なメロディーは、長い期間たっても忘れない 正高信男 「音楽を愛でるサル」 (中公新書 2014) ことです。自分が好きな曲ならまだしも、(私にとっての)キャンディーズの楽曲のように、知らず知らずのうちに意識することなく憶えた曲が30年たっても忘れずにいることが大変に不思議だったのです。 それはなぜなのか。音楽は人間の言語活動と関係しているのでは、というようなことを書いたのですが、最近出た本にその疑問に答えるヒントがあったので紹介したいと思います。正高まさたか信男氏の『音楽を愛でるサル』(中央公論社。中公新書 2014)です。正高氏は心理学が専門で、京都大学霊長類研究所教授です。なぜ心理学者が霊長類の研究をするのかというと、サルの研究の大きな目的が人間の研究だからです。 以下は『音楽を愛でるサル』に書かれていることのうち、音楽がヒトに与える影響についての学問的知見の部分です。 ホモ・ミュージエンス 本書の題名はもちろん「音楽を愛めでるサルがいる」という意味ではなく「ヒトは音楽を愛でるサルである」という意味です。本書の「はじめに」では、ニホンザルについての次のような話が書かれています。 モニターを彼ら(引用注:ニホンザル)の前に運び込み、テレビ放送を見せると、それなりに興味を示す。写真も然しかり。けれども聴覚を介した娯楽となると、からっきしそういう嗜好し…

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No.127 - 捕食者なき世界(2)

(前回より続く) 前回に引き続き、ウィリアム・ソウルゼンバーグ著『捕食者なき世界』(文藝春秋 2010。文春文庫 2014)の内容を紹介します。 「捕食者なき世界」の原題は「Where the Wild Things Were」であり、訳すと「怪獣たちのいたところ」である。Wild Thingsは ”荒くれ者”、”手におえない者”というようなニュアンスであるが、それを"怪獣"としたくなるのは、この原題がセンダックの有名な絵本「かいじゅうたちのいるところ - Where the Wild Things Are」をもじってつけられているからである。現在(are)を過去(were)に変えただけの "こじゃれた" タイトルである。 鳥が消えた島 パナマにバロ・コロラドという、17平方キロメートルほどの島があります。ここはかつて山の頂いただきでしたが、1913年のパナマ運河の建設にともなって湖ができると周りが水没し、湖の中に取り残されたて島になりました。この島は生物保護区になり、スミソニアン研究所の管理のもと、継続的に自然生態観察が行われてきました。 熱帯の森を研究していたプリンストン大学のジョン・ターボー教授は、1970年に初めてこの島を訪れました。島ができてから50数年後ということになります。 バロ・コロラド島で分かったことは、島ができた直後には209種の鳥が確認できたのですが、1970年の段階では、そのうちの45種が見られなくなったということです。バロ・コロラド島の森林…

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No.126 - 捕食者なき世界(1)

No.119-120「不在という伝染病」で、アメリカのサイエンス・ライター、モイゼス・ベラスケス=マノフ氏の著書『寄生虫なき病』(文藝春秋 2014)を紹介しました。この本で取り上げられている数々の研究を一言で言うと、  ヒトと共生してきた体内微生物の「不在」が、アレルギーや自己免疫疾患を発病する要因になっている。その「不在」は、人間の「衛生的な」生活で引き起こされた。 ということになるでしょう。いわゆる「衛生仮説」です。著者は、人間と共生微生物が作っている人体生態系を「超個体」とよび、20世紀になって超個体の崩壊が進んできたことを強調していました。 ウィリアム・ソウルゼンバーグ 「捕食者なき世界」 (文春文庫 2014) 表紙の写真は、絶滅した大型肉食獣、サーベルタイガーの頭部化石である。 その時にも書いたのですが、生態系の崩壊という意味では「自然生態系」の崩壊が近代になって急速に進んできたわけです。むしろその方が早くから注目され、警鐘が鳴らされてきました。今回はその「自然生態系」の話です。 人為的な自然生態系の破壊(主として農薬などの化学物質による破壊)に警鐘を鳴らした本としては、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962)が大変に有名ですが、もう一つ、最近出版された重要な本があります。ウィリアム・ソウルゼンバーグの『捕食者なき世界』(文藝春秋 2010。文春文庫 2014)です。今回はこの本の要点を紹介したいと思います。生物界には複雑な依存…

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No.125 - カサットの「少女」再び

青い肘掛け椅子の少女 No.86「ドガとメアリー・カサット」では、エドガー・ドガ(1834-1917)とメアリー・カサット(1844-1926)の交友関係を紹介しました。また No.87「メアリー・カサットの少女」では、カサットの絵画・版画作品、特に『青い肘掛け椅子の少女』の感想を書きました。その続きというか、補足です。 2014年5月11日から10月5日まで、ワシントン・ナショナル・ギャラリーで「ドガ カサット」という特別展が開催されています。2人の画家の芸術上の相互の影響と、ドガをアメリカに紹介するにあたってのカサットの役割を回顧する特別展です。私はもちろん行かなかった(行けなかった)のですが、展示会の内容を記した小冊子のデジタル・データがナショナル・ギャラリーのホームページに公開されたので、さっそく読んでみました。ナショナル・ギャラリーのフランス絵画部門のキュレーター、Kimberly Jones氏が執筆したものです。 その小冊子の中に、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する『青い肘掛け椅子の少女』(1878)の制作過程に関する最近の発見が書いてあったので、それを紹介します。 メアリー・カサット(1844-1926) 『青い肘掛け椅子の少女』(1878) (ワシントン・ナショナル・ギャラリー) (site:www.nga.gov) ドガの関与 No.87「メアリー・カサットの少女」にも書いたように、この作品には「ドガの手が入っている」…

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No.124 - パガニーニの主題による狂詩曲

変奏という音楽手法 今まで何回かクラシック音楽をとりあげていますが、今回はその継続で、「変奏」ないしは「変奏曲」がテーマです。 No.14-17「ニーベルングの指環」で中心的に書いたのは「変奏」という音楽手法の重要性でした。ちょっと振り返ってみると、ワーグナーが作曲した15時間に及ぶ長大なオペラ『ニーベルングの指環』には、「ライトモティーフ」と呼ばれる旋律(音楽用語で「動機」)が多種・大量に散りばめられていて、個々のライトモティーフは、人物、感情、事物、動物、自然現象、抽象概念(没落、勝利、愛、・・・・・・)などを象徴しているのでした。そして重要なことは「ライトモティーフ・A」が変奏、ないしは変形されて別の「ライトモティーフ・B」になることにより、AとBの関係性が音楽によって示されることでした。 たとえば「自然の生成」というライトモティーフの変奏(の一つ)が「神々の黄昏」であり、これは「生成と没落は表裏一体である」「栄えた者は滅びる」という、このオペラの背景となっている思想を表現しています。また、主人公の一人である「ジーフリート」を表すライトモティーフの唯一の変奏は「呪い」であり、それは「ジーフリートは呪いによって死ぬ」という、ドラマのストーリーの根幹のところを暗示しているのでした。 もちろん『ニーベルングの指環』だけでなく、変奏はクラシック音楽(や、ジャズ)のありとあらゆる所に出現します。ベートーベンの『運命』を聞くと、第1楽章の冒頭の「運命の動機」がさまざまに変奏さ…

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No.123 - ローマ帝国の盛衰とインフラ

No.112-113「ローマ人のコンクリート」の続きです。 古代ローマ人は社会のインフラストラクチャー(道路・街道、上水道・下水道、城壁、各種の公共建築物、など。以下、インフラ)を次々と建設したのですが、その建設にはコンクリート技術が重要な位置を占めていました。またその建設資金は、元老院階級(貴族)の富裕層の寄付が多々あったことも書きました。 No.112 に写真を掲げたインフラの中に、「ポン・デュ・ガール」(世界遺産)がありました。これは南フランスの都市、ニームに水を供給するために敷設された「ニーム水道」の一部です。古代ローマ人の驚異的なインフラ建設技術を物語るものなので、写真と図を掲載しておきます。 ポン・デュ・ガール(Wikipedia) ポン・デュ・ガール付近に残る、ニーム水道の遺跡。 (http://www.avignon-et-provence.com/) 「ニーム水道」のルートを示した図。水源地のユゼス(上方)からニーム(左下)までの直線距離は約20kmであるが、水道は約50kmもある。水源からニームの町はずれのカステルム(貯水槽)までの高低差はわずか12m程度で、平均すると1kmで24cmの傾斜がついていることになる(=1000分の0.24の勾配)。そのため導水路は、途中の山地を避けつつ、できるだけ平坦になるように曲がりくねって建設された。 ポン・デュ・ガール付近を拡大した図。青色がガルドン川(その古名がガール川)で、ローヌ川に合流する。緑色が導水路で…

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No.122 - 自己と非自己の科学:自然免疫

今まで4回にわたって、ヒトの「免疫」に関する話題を取り上げました。 No.69-70自己と非自己の科学 No.119-120「不在」という伝染病 (免疫関連疾患の話) です。これらの記事の意図は、免疫についての科学的知見が、我々の生活態度や社会での行動様式に何らかの示唆を与えるに違いないというものでした。 今回もその継続で、「自然免疫」についてです。今までは「獲得免疫」しか書いてないので、それだけではヒトの免疫システムの全貌を知ることはできません。以下、「新・現代免疫物語:抗体医薬と自然免疫の驚異」(岸本 忠三・中島 彰 著。講談社ブルーバックス 2009)と、「新しい自然免疫学」(審良 静男 監修・坂野上 淳 著。技術評論社 2010)の2冊をもとに、ヒトの自然免疫のしくみをまとめてみます。 「新・現代免疫物語」 岸本 忠三・中島 彰 著 講談社ブルーバックス 2009 「新しい自然免疫学」 審良 静男 監修・坂野上 淳 著 技術評論社 2010 自然免疫とは 我々がインフルエンザにかかったとき、39度を越えるような高熱になり、筋肉が痛み、関節が疼くという症状覚えます。この時点で体の中で起こっているの「自然免疫」による防御反応で、インフルエンザ・ウイルスという「非自己」を排除しようとします。獲得免疫が働き始めるのは感染後4~5日後からで、感染した特定種のインフルエンザを狙い撃ちする抗体やリンパ球が大量に増殖し、ウイルスを次々と無力化してい…

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No.121 - 結核はなぜ大流行したのか

“国民病” としての結核 No.119-120「不在という伝染病」の補足です。No.119-120では『寄生虫なき病』という本の要点を紹介したのですが「微生物の不在と免疫関連疾患の関係」に絞りました。以下の補足は「微生物の不在と病気の発症の関係」で、結核の話です。 No.75「結核と初キス」に、作家の故・渡辺淳一氏が札幌南高校時代に初めてのキスをした話を書きました(日本経済新聞「私の履歴書」より)。相手の女性が結核だと分かっていたので「怯おびえながらキスをした」という話です。1950年頃のことです。 このエピソードからも推察できるように、明治時代から昭和20年代まで、結核(肺病)は「国民病」と言われたほど広まっていました。昭和30年代後半(1960年代前半)でも、年間の発病者は30万人を越えていたほどです。結核の治療に有効な抗生物質、ストレプトマイシンが発見されたのは1944年(昭和19年)です。それまでは結核の有効な治療法はなく「不治の病」として恐れられました。多くの有名人が結核で命を落としています。文学者だけをとってみても、 正岡子規1867-1902(34歳)国木田独歩1871-1908(36歳)樋口一葉1872-1896(24歳)石川啄木1886-1912(26歳)梶井基次郎1901-1932(31歳)堀辰雄1904-1953(48歳) などがすぐに思いつきます。 特に堀辰雄は「結核で療養中の女性」と「私」が主人公の自伝的小説『風立ちぬ』を書きました。JR中…

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No.120 -「不在」という伝染病(2)

(前回より続く) モイゼス・ベラスケス=マノフ 『寄生虫なき病』(原書) 21世紀の免疫学の発見 21世紀の免疫学の発見は、免疫の発動を制御し抑制する細胞群が発見されたことです。この代表が、大阪大学の坂口教授が発見した制御性T細胞です。免疫を抑制する細胞群があることは20世紀の免疫学でも仮説としてはありました。しかし実験的に立証されたのは21世紀(1990年代後半以降)です。 制御性T細胞は、生後、外界からの微生物や寄生虫に接触することで発現します。かつ、腸内細菌が制御性T細胞の発現に関わっていることも分かってきました。この制御性T細胞がアレルギーの発症を抑制しているのです。 東京大学の新あたらし幸二博士、本田賢也博士の研究成果があります。両博士は、特定の腸内細菌をターゲットとする抗生物質を使って、特定種の腸内細菌を徐々に減らすという実験をマウスで行いました。この結果、 ・抗生物質のバンコマイシンで腸内細菌のクロストリジウム属を徐々に減らすと、 ・ある時点で制御性T細胞が急減し、 ・それがクローン病(炎症性腸疾患)の発症を招く ことを発見しました。クロストリジウム属を増やすと制御性T細胞は回復し、炎症も治まります。これは特定の腸内細菌が制御性T細胞の誘導(未分化のT細胞を制御性T細胞に変化させる)に重要な役割をもっていることを実証しています。なお、クロストリジウム属の話は、No.119「不在」という伝染病(1)の冒頭近くで引用した日経サイエンス 20…

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No.119 -「不在」という伝染病(1)

マイクロバイオーム(細菌叢そう) No.69-70「自己と非自己の科学」で、ヒトの「獲得免疫」のしくみについて書きました。獲得免疫は「自然免疫」に対比されるもので、「病原体などの抗原に対して、個々の抗原ごとに特異的に反応して排除するしくみ」を言います。その No.70「自己と非自己の科学(2)」の最後の方に、ヒトの「マイクロバイオーム」が免疫に重要な役割を果たしていることを紹介しました。 マイクロバイオームとは人間の消化器官や皮膚に住みついている細菌群(=常在菌)の総体を言う用語で、日本語では「細菌叢そう」です。No.70「自己と非自己の科学(2)」で紹介した内容を要約すると次の通りです。 ◆人体に住みついている細菌は「常在菌」と言い、一時的に体内に進入して感染症を引き起こす「病原菌」とは区別される。常在菌は病原性を示さない。 ◆常在菌の住みかは、口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身に及ぶ。人体にはおおよそ 1015 個(1000兆個)の常在菌が生息し、この数はヒトの細胞数(約60兆個)の10倍以上になる。常在菌の種類は1000種前後と見積もられている。 ◆ヒトの消化器官にいる微生物の遺伝子の総数は330万個で、ヒトに存在する遺伝子2万~2万5000個の約150倍に相当する。 ◆有益な微生物の代表例は、バクテロイデス・テタイオタオミクロンだ。炭水化物を分解する能力が非常に優れていて、多くの植物性食品に含まれる大きな多糖類を、ブドウ糖などの小さくて単純で消…

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No.118 - マグダラのマリア

最近の記事、No.114とNo.115で、中野京子さんによる絵の評論を紹介し、その感想を書きました。  ジェローム『仮面舞踏会後の決闘』(No.114)  スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(No.115) の2作品です。また以前には、No.19「ベラスケスの怖い絵」で、中野さんによる  ベラスケス『インノケンティウス十世の肖像』   『ラス・メニーナス』 の評論を紹介しました。今回もその継続で、別の絵を紹介します。ティツィアーノ『悔悛かいしゅんするマグダラのマリア』(1533。フィレンツェ・ピッティ宮)です。この絵は「マグダラのマリア」を描いた数ある絵の中で、最も有名なもの(の一つ)だと思いますが、中野さんはこの絵の解説でサマセット・モームの小説を持ち出していました。それが印象に残っているので取り上げます。 ティツィアーノ 『悔悛するマグダラのマリア』(1533) (フィレンツェ・ピッティ宮) - Wikipedia - まず「マグダラのマリア」がどういう女性(聖女)か、その歴史的背景を踏まえておく必要があります。中野さんも解説(「名画の謎 ── 旧約・新約聖書篇」文藝春秋。2012)の中で書いているのですが、紙数の制約もあり短いものです。ここでは、京都大学・岡田温司あつし教授の著書である『マグダラのマリア ─ エロスとアガペーの聖女』(中公新書。2005)によって振り返ってみたいと思います…

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No.117 - ディジョン滞在記

前回の No.116「ブルゴーニュ訪問記」の時に滞在した町、ディジョンについてです。ディジョン滞在の事前情報として、日本の旅行者の方が書かれたブログが参考になりました。お互いさまというわけで、何点かディジョンについて書きます。 ブルゴーニュ公国 ブルゴーニュ公国は14-15世紀に隆盛を誇ったブルゴーニュ公の領地で、その首都がディジョンでした。またブルゴーニュ公はフランドル地方(現在のベルギー・オランダ・ルクセンブルグ)も支配していました。前回の No.116「ブルゴーニュ訪問記」に書いたボーヌのオスピス・ド・ボーヌにある「最後の審判」は15世紀のフランドルの画家・ウェイデンの作ですが、同じ領主の支配地域であったとすると納得できます。 ディジョンはパリから見ると南東の方向で、コート・ドール県の県庁所在地です。パリのリヨン駅からTGVで1時間40分程度で行けます。また、今回のブルゴーニュ旅行で訪問したボーヌは、列車で行くとするとディジョンから普通列車に乗り継いで約20分程度のようです。 ディジョンの駅を降りると、駅前にトラムの発着場があるのに気づきました。ディジョンは人口約15万の街です。トラムと言うと大きな都市のイメージがあるので、ちょっと意外な感じがしましたが、あとで調べてみるとフランスではかなりの数の地方都市にトラムがあり、現在も新設されているようです。ディジョン駅からディジョン旧市街の中心部までは十分歩いて行ける距離なので、トラムに乗る必要はありません。 ふくろう…

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No.116 - ブルゴーニュ訪問記

No.12-13「バベットの晩餐会」で書いたように、あの映画のクライマックスの晩餐会ではワインが重要な役割を占めていました。そのメインのワインは「クロ・ヴージョ 1845」です。映画の設定からすると、40年ものの赤ワインということになります。映画の舞台はデンマークの寒村で、主人公のバベットは元・パリの高級レストランの料理長です。映画では、調理場でバベットが万感の思いを込めてクロ・ヴージョを味わう場面がありました。 そのクロ・ヴージョ(クロ・ド・ヴージョ)などの著名なワインの産地であるブルゴーニュを訪問してきたので、その感想を以下に書きます。 別に映画の影響というわけではないのですが、甲府・勝沼近辺のワイナリーには何回か行ったし、ナパ・ヴァレーのワイナリー巡りにも2回行ったことがあるので、次はヨーロッパにも是非行きたいと、かねてより思っていました。ボルドーではなくブルゴーニュに行ったのは、やはり映画の影響かもしれません。何回か書いたと思うのですが、映画が人に与える(暗黙の)影響は意外に強いものなのです。 ディジョンからの出発 4月末にディジョンに連泊し、一日を「ブルゴーニュ・日帰り旅行」にあてました。ガイドをしてくださったのは、尾田有美ゆみさんです。彼女は京都市出身で、日本でソムリエ(ソムリエール)の資格をとり、フランス人と結婚し、ディジョンに住んでいるという、ブルゴーニュのドメーヌのガイドとしてはまさにうってつけの方です。朝、滞在したホテルまで彼女の車で迎えに来てもらい、9…

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No.115 - 日曜日の午後に無いもの

No.114「道化とピエロ」で、中野京子さんが解説するジャン = レオン・ジェロームの『仮面舞踏会後の決闘』を紹介しました。中野さんの解説のおもしろいところは、一般的な絵の見方に留まらず、今まで気づかなかった点、漫然と見過ごしていた点、あまり意識しなかった点に焦点を当てている(ものが多い)ことです。『仮面舞踏会後の決闘』では、それは「ピエロ」という存在の社会的・歴史的な背景や意味でした。 No.19「ベラスケスの怖い絵」で取り上げた絵に関して言うと、ベラスケスの『ラス・メニーナス』では「道化」が焦点であり、ドガの『踊り子』の絵では「黒服の男」でした。そういった「気づき」を与えてくれることが多いという意味で、中野さんの解説は大変におもしろいのです。 今回もその継続で、別の絵を取り上げたいと思います。ジョルジュ・スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』です。言わずと知れた点描の傑作です。 グランド・ジャット島の日曜日の午後 ジョルジュ・スーラ(1859-1891) 『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(1884/6) (シカゴ美術館蔵) まずこの絵の社会的背景ですが、舞台となっている19世紀後半のパリは「高度成長期」でした。1850-60年代のパリ大改造で街並みが一新し、産業革命が浸透し、貧富の差はあるものの人々は余暇を楽しむ余裕ができた。川辺でピクニックをし、清潔になった橋や大通りを散策し、鉄道に乗って郊外に出かけ、ダンスホールで夜を楽しんだ。そういった時代…

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No.114 - 道化とピエロ

No.19「ベラスケスの怖い絵」で、中野京子さんの解説によるベラスケスの『ラス・メニーナス』を紹介しましたが、話をそこに戻したいと思います。中野さんは、王女の向かって右に描かれた小人症の女性、マリア・バルボラに着目し、当時のスペイン宮廷に集められた道化の話を展開していました。 No.19 以降、「ベラスケスと道化」に関係した話題を何回か取り上げています。まず、No.45「ベラスケスの十字の謎」では、マリア・バルボラの横に描かれている小人症の少年、ニコラス・ペルトゥサトを主人公にした小説「ベラスケスの十字の謎」を紹介しました。 さらに、No.63「ベラスケスの衝撃:王女とこびと」では、英国の詩人・文学者、オスカー・ワイルドが「ラス・メニーナス」からインスピレーションを得て書いた童話『王女の誕生日』と、その童話を原案として作られたツェムリンスキーのオペラ『こびと』に関して書きました。 また、No.36「ベラスケスへのオマージュ」では、エドゥアール・マネがベラスケスの『道化師 パブロ・デ・バリャドリード』に感銘を受けて『笛を吹く少年』を描いたことに触れました。 No.19, No.36 に引用したように、ベラスケスはスペイン宮廷の道化を多数描いています。しかし宮廷道化師はスペインだけではなくヨーロッパの各国にあり、それは中世からの歴史的経緯があります。 中世ヨーロッパにおいては、「道化」と「愚者」と「精神を病んだ者」は同じ呼ばれ方をした(英語 fool、フランス語 fo…

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No.113 - ローマ人のコンクリート(2)光と影

(前回から続く)建造物の例 前回に書いたローマン・コンクリートを活用した建造物の例を2点だけあげます。  パンテオン  前回に何回か言及したローマのパンテオンはコンクリートによる建築技術の結晶です。この建築は「柱廊玄関」と「円堂」からなり、円堂の高さと直径は44mです。円堂は以下のような構造をしています。 ドーム直径44mの半球形。上に行くほど壁厚を薄くして重量を軽減している。 壁高さ30m、厚さ6.2m の円筒型。窓や開口部を設けて重量を軽減している。 基礎幅.7.3m 深さ4.5mの地下構造物。 円堂は基礎を含めて全体がローマン・コンクリートの塊であり、このような複雑な構造物はコンクリートの使用ではじめて可能になったものです。パンテオンは古代ローマ時代のものが完全な形で残っている希な建造物です。 パンテオン断面図と立面図 塩野七生「ローマ人の物語 第9巻 賢帝の世紀」より。直径43.3メートルの球が描きこんである。 パンテオンの内部 ドームを見上げた写真。右下の明るいところは天井の穴から差し込んだ光である。  公衆浴場  建築物の他の例として公衆浴場(テルマエ)をあげておきます。写真と平面図はカラカラ浴場です。現在、遺跡として残っているのは一部ですが、平面図からは当時の威容が想像できます。浴場部分だけで200m×100mもあります。 カラカラ浴場遺跡 (site : www.archeorm…

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No.112 - ローマ人のコンクリート(1)技術

ローマ人の物語 No.24 - 27 の4回に渡って、塩野七生・著「ローマ人の物語」をとりあげました。 No.24 - ローマ人の物語(1)寛容と非寛容 No.25 - ローマ人の物語(2)宗教の破壊 No.26 - ローマ人の物語(3)宗教と古代ローマ No.27 - ローマ人の物語(4)帝政の末路 の4つです。 「ローマ人の物語」は全15巻に及ぶ大著であり、1000年以上のローマ史がカバーされています。そこで語られている多方面の事項についての感想を書くことはとてもできません。そこで No.24 - 27 では「宗教」の観点だけの感想を書きました。 今回はその継続で「インフラストラクチャー」をとりあげます。 インフラストラクチャー 『ローマ人の物語』の大きな特長は 第10巻すべての道はローマに通ず という巻でしょう。一冊の内容全部が、ローマ人が作り出した「社会インフラ」の記述に当てられています。ちなみに目次は、  第1部 ハードなインフラ  1.街道 2.橋 3.それを使った人々 4.水道 第2部 ソフトなインフラ  1.医療 2.教育 となっていて、医療や教育の制度までをカバーしています。もちろんローマ人が作った「ハードなインフラ」は街道・橋・水道だけでなく、港、神殿、公会堂(バジリカ)、広場、劇場、円形闘技場、競技場、公衆浴場、図書館などがありました。ソ…

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No.111 - 肖像画切り裂き事件

No.86「ドガとメアリー・カサット」で、原田マハさんの短編小説「エトワール」の素材となった、エドガー・ドガ(1834-1917)とメアリー・カサット(1844-1926)の画家同士の交友を紹介しました。今回はドガとエドゥアール・マネ(1832-1883)の交友の話です。二人は2歳違いの「ほぼ同い年」です。 エドガー・ドガ 『マネとマネ夫人像』 2014年1月18日の『美の巨人たち』(TV東京)は、ドガの『マネとマネ夫人像』(1868/69)をテーマにしていました。ドガが35歳頃の作品です。この絵は北九州市立美術館が所蔵していますが、絵の右端が縦に切り裂かれていて、無くなった部分にカンヴァスが継ぎ足されていることで有名です。ピアノを弾いているはずのマネ夫人(シュザンヌ)のところがバッサリと切り取られています。 エドガー・ドガ 『マネとマネ夫人像』(1868/69) (北九州市立美術館蔵) 番組で紹介されたこの絵の由来は、以下のような主旨でした。 ①ドガとマネは友情のあかしとして、互いに絵を描いて交換することにした。ドガがマネに贈った絵が『マネとマネ夫人像』である。 ②ドガがこの絵を描いた当時、マネは女性画家のベルト・モリゾと「不倫関係」にあった。 ③後日、マネの家を訪問したドガは、絵の右端が切り裂かれていることを発見し、怒ってその絵を自分の家に持ち帰った。 ④晩年のドガの家の室内写真がある。そこにはドガとともに『マネとマネ夫人像』が、切り取られ…

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No.110 - リチウムイオン電池とモルモット精神

No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」(2011.10.15)において、リチウムイオン電池の開発の主要な部分が日本人によってなされたことを書きました。歴史的経緯を追って記述すると以下のようになります。 ◆水島 公一  1980年(当時、東京大学助手で、オックスフォード大学のグッドイナフ教授のもとに留学中)。リチウムイオン電池の正極材としての「コバルト酸リチウム」を発見。 ◆吉野 彰  1985年(旭化成)。世界初のリチウムイオン電池を完成。正極材:コバルト酸リチウム、負極材:炭素系材料 ◆西 美緒(よしお)  1991年(当時、ソニー)。世界初の商用のリチウムイオン電池を完成。ソニーが生産・発売を開始し、携帯機器用電池として広まる。 の3人です。そして隠れた功績者の一人として、 ◆白川 英樹  1977年(当時、筑波大学)。導電性ポリアセチレン(導電性高分子)を発見。のちにノーベル化学賞を受賞。 をあげてもいいと思います。導電性ポリアセチレンは吉野彰氏が電池研究に入るきっかけをつくり、最初の試作電池に使われたからです(No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」参照)。 西美緒よしお氏が「工学分野のノーベル賞」を受賞 以上の中で、最初に商用のリチウムイオン電池を開発した元ソニーの西美緒よしお氏に関する記事が最近の新聞に掲載されました。少々長くなりますが、興味深い内容なので全文を引用したいと思います…

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No.109 - アンダーソンヴィル捕虜収容所

No.104「リンカーンと奴隷解放宣言」の続きです。No.104では、朝日新聞の奴隷解放宣言についての解説記事(2013.5.13)の見出しである、  人種差別主義者だった? リンカーン という表現について、 ◆「人種差別主義者」というような言葉を新聞記事の見出しにするのは良くない。誤解を招く。 ◆リンカーンが生きた時代のアメリカでは「人種差別」が普通のことであり、現代の価値観で過去を判断してはいけない。 という主旨のことを書きました。 政治家はリーダーシップで国を導いていくものですが、同時にその国・その時代の大衆の意識や意見に影響されます。世論と極端に違う意見を、政治家は(特に国政の中枢に行こうとする政治家は)とれない。アメリカは民主主義国家なのです。 しかし見出しはともかく、朝日新聞の解説記事では奴隷解放とその背景となった南北戦争について、3つの重要な指摘をしていました。 ①リンカーンは人種差別の考え方をもっていた。 ②奴隷解放で形の上では平等になっため、逆に黒人に対する圧迫が強くなった。 ③南北戦争の死者は、第2次世界大戦での米軍の死者を上回る62万人であり、都市の徹底破壊や殲滅せんめつ戦が行われるなど近代戦の幕開けとなった。 の3点です。今回はこの3つの指摘について考えてみたいを思います。3つのうち、「①リンカーンが人種差別の考え方をもっていた」ことは、No.104「リンカーンと奴隷解放宣言」の「補記」で引用…

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No.108 - UMAMIのちから

No.106「食品偽装と格付けチェック」の続きです。2013年の一連の「食品偽装事件」、および「芸能人 格付けチェック」で出題される料理・食材の問題(No.31)で分かることの一つは、 「食」のプロではない一般人にとって、料理・食材・お酒の味を判別するのは簡単なことではない。「おいしい」か「まずい」かは分かるが「どういったおいしさか」はを識別するのは難しい ということだと思います。もちろんプロは違います。プロの料理人や食品製造・流通業の人、ソムリエなどの顧客サービスの専門家は、味の相違や共通性が大変敏感に分かるようです。しかし素人しろうとにとっては、判別はそう簡単ではない。 この最も極端な例が、テレビの「グルメ番組」に登場する「レポーター」です。 「グルメ・リポーター」の悲惨 テレビで「料理」を取材した番組がいろいろあります。それは、大都市のレストラン・飲食店だったり、老舗の日本料理店であったり、また地方の郷土料理店もあり、もちろん外国、特にフランスやイタリアなどもよく紹介されます。そういった番組の「レポーター」として、料理のプロではないタレント、芸能人、女優などが起用されることが多い。こういった人たちを「グルメ・レポーター」ないしは略して「レポーター」と呼ぶことにします。このような番組で強い違和感を覚えるのは  料理を食べてみて、ほとんど「おいしい」としか言わない、ないしは「おいしい」と同義の言葉しか発しない「グルメ・レポーター」がいる、むしろそうい…

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No.107 - 天然・鮮魚・国産への信仰

前回の、No.106「食品偽装と格付けチェック」の続きです。No.106 で朝日新聞の読者アンケート「許せない誤表示・偽装食品ランキング」(2013.12.14)を紹介しまたが、再掲すると以下の通りです。 許せない誤表示・偽装食品ランキング 順位票数表示食品代用食品1位972票伊勢エビロブスター2位902票牛ステーキ牛脂注入肉のステーキ3位791票和牛外国産牛4位678票牛肉牛肉の成型肉5位590票アワビロコ貝6位532票鮮魚解凍魚7位499票国産豚外国産豚8位495票無添加パン添加物入りパン(増粘剤など)9位491票天然の魚養殖魚10位489票フカヒレ人工フカヒレ(春雨などで作る) 朝日新聞(2013.12.14) この中の9位である「養殖魚を天然ものと偽装するのは許せない」とするアンケート結果について考えてみたいと思います。この回答の裏には日本人の「天然もの信仰」があると思われるからです。  なお、以下の文章は「食品偽装という詐欺によって儲けを増やした業者」を擁護するつもりは全くありません。 「天然もの」は自然の収奪 人間の歴史を振り返ってみると、遙か昔は「狩猟採集」で食料を得ていたわけです。No.105「鳥と人間の共生」に書いたように、アフリカ(そして南米など)には、今でも狩猟採集の生活を送っている人々がいます。 約1万年から始まった「農耕」によって、人類はいわゆる文明を発達させ、その後「牧畜や酪農」も進んできました。現代の日本においては…

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No.106 - 食品偽装と格付けチェック

テレビ朝日系の正月番組である「芸能人 格付けチェック」について、以前に2つの記事で取り上げました。  No.31 - ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ No.32 - 芸能人 格付けチェック の2つです。 2013年(の後半)で日本で大きな話題になった事件に、一流ホテルや一流レストラン・料亭での食品偽装がありましたが、この一連の報道で私は「格付けチェック」を思い出してしまいました。「食品偽装」と「格付けチェック」がどう関連しているのか、それを順に説明したいと思います。 食品偽装事件 食品の偽装は、単に謝って済むような話ではありません。特に「一流」と言われるホテル・レストラン・料亭は、商売で一番大事な信用が大きく傷ついた事件です。振り返ってみると、過去には食品偽装で廃業した料亭があったし(2008年。船場吉兆)、雪印食品は2001年の牛肉偽装事件(外国産牛肉を国産と偽って国に買い取らせた事件)で会社の清算に追い込まれました。 今回の2013年の一連の食品偽装では、痛ましい自殺者まで出たと報道されています。 製造委託先の社員自殺  京都吉兆ローストビーフ偽装問題 高級料亭の京都吉兆(京都市)からローストビーフの製造を委託されていた「丹波ワイン」(京都府京丹波町)の食肉加工責任者の男性社員(39)が、岡山県高梁市の山中で首をつって自殺をしていたことがわかった。同社は結着剤で固めたブロック肉を使って製造・販売していたことから、京都…

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No.105 - 鳥と人間の共生

No.56「強い者は生き残れない」で、進化生物学の研究者である吉村仁氏の同名の著書に従って「共生と協調が生物界における生き残りの原理」であることを紹介しました。この本ではそこから論を広げて、人間社会においても「共生と協調」が重要なことが強調されていました。今回はその「共生」についてです。 共生 生物の世界の「共生」は広く見られる現象です。たとえば「昆虫と花」の関係です。昆虫は花から栄養を得て、花は昆虫に受粉してもらうというように相互に依存しています。昆虫がいなくなったら絶滅する花はたくさんあります。 その昆虫の世界では、たとえば蟻とアブラムシ(ないしはカイガラムシ、ツノゼミなど)の共生が有名です。アブラムシは蟻に糖分を分泌し、蟻はアブラムシを外敵(たとえばテントウムシ)から守るという共生関係です。 では、人間は他の生物と共生関係にあるのでしょうか。すぐに思いつくのは、No.70「自己と非自己の科学(2)」で書いた「常在菌」です。常在菌は病原菌と違って、病原菌と違って人間の体内に住みついています。 常在菌のすみかは、口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身に及ぶ。人体にはおおよそ 1015 個(1000兆個)の常在菌が生息し、この数はヒトの細胞数(約60兆個)の10倍以上になる。常在菌の種類は1000種前後と見積もられている。 東京大学・服部教授 日経サイエンス(2012.10) No.70 - 自己と非自己の科学(2)参照 常在菌には「ヒトの免疫シ…

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No.104 - リンカーンと奴隷解放宣言

このブログの記事で、今まで何回か歴史上の「奴隷」についての記述をしました。  No.18「ブルーの世界」  18世紀アメリカ(サウス・カロライナ州)において、奴隷制プランテーションで青色染料・インディゴが生産されたこと。 No.19「ベラスケスの怖い絵」  17世紀のスペイン王室での奴隷の存在。特に「慰み者」と呼ばれた異形の人たち。 No.22「クラバートと奴隷(1)スラヴ民族」  中世西ヨーロッパ(8~11世紀)における奴隷交易。奴隷になったのは中央ヨーロッパのスラヴ民族。 No.23「クラバートと奴隷(2)ヴェネチア」  同じく中世ヨーロッパ(12~15世紀)におけるヴェネチアの奴隷交易。奴隷になったのは黒海沿岸の人々。 No.33「日本史と奴隷狩り」  戦国時代の戦場における「奴隷狩り」と、ポルトガル人による日本人奴隷の「海外輸出」。 の5つです。その継続で、今回は「リンカーンの奴隷解放宣言」についてです。なぜこのテーマかと言うと、最近の(と言っても半年以上前ですが)朝日新聞に奴隷解放宣言についての解説記事(2013.5.13)が掲載されたことを思い出したからです。その記事の要点も、あとで紹介します。 奴隷解放宣言 そもそも「奴隷解放宣言」は、南北戦争の途中で出されたものであり、それはリンカーン大統領率いる合衆国(=北軍)が、南部連合(=南軍)との南北戦争を戦うための「大義」を「後づけで」示…

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No.103 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(2)

前回(No.102)に続いて遺伝子組み換え作物(GM作物)の話ですが、今回は「GM作物の問題点」ないしは「懸念」です。 GM作物による農業構造の変化 GM作物(特に農薬耐性作物)は、農業の構造を大きく変化させると考えられます。このことが、世界的にみると数々の社会問題を引き起こしかねない。 まず、GM作物の種子を研究・開発する会社(モンサント社など)は、 ・商品価値が高く ・生産規模が大きく ・流通量が多く ・国際貿易量も多い 特定の作物にターゲットを絞るはずです。それは企業の売り上げを増やすためには当然の行為であって、この結果が「GM大豆」であり「GMトウモロコシ」です。「GM蕎麦」というのは永遠に出てこないでしょう。そんなものに研究投資をしても損をするだけです。 しかもGM作物は、非GM作物に比べて ・栽培が容易 ・生産コストが安い ・収穫量が多い という特徴を持っています。 これらのことが「特定作物の大規模栽培に農業を誘導する」ことは、容易に予測できます。その方向に進めば進むほど、農業としての「利益」を出しやすくなるからです。もちろん、国によって土地の広さや土質、気象条件、土地利用規制が違うので、進行の程度は違うでしょうが、一般論としてはそうなるはずです。この結果、 ・特定作物への集中 ・連作による土壌の劣化 ・中小農家の経営的破綻 ・土地利用形態の根本的な変化 などが起こる。毎日新聞はアルゼンチンにおけるGM作…

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No.102 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(1)

No.100「ローマのコカ・コーラ」の最後の方に、  食料が企業に独占されると問題になる。その例が遺伝子組み換え作物(GM作物。大豆、とうもろこし、など) との主旨を書きました。今回はその遺伝子組み換え作物について、それがどういうインパクトを社会に与えている(今後与える)のかを書いてみたいと思います。以下、「遺伝子組み換え」という意味で、GM作物、GM大豆、GM食品(=GM作物を原料とする食品)などと記述します。GMは、genetically modificated(遺伝的に改変された)の略です。 GM作物の現状 GM作物は「アメリカ発」の農産物なのですが、我々日本人にとって無関心ではいられません。というのも、一人当たりのGM食品摂取量が一番多いのは日本人だと考えられているからです。東京大学大学院の鈴木宣弘教授が書いた『食の戦争』(文春新書。2013)から引用します(下線は原文にはありません)。 鈴木宣弘『食の戦争』 (文春新書 2013) アメリカの農務省高官(USDA)も語ったように、今では日本人の1人当たりのGM食品消費量は世界一と言われている。日本はトウモロコシの9割、大豆の8割、小麦の6割をアメリカからの輸入に頼っている。 GM作物の種子のシェア90%を握る多国籍企業モンサント社の日本法人・日本モンサントのホームページの解説によると、日本は毎年、穀物(トウモロコシなど粗粒穀物や小麦)、油糧作物(大豆、ナタネなど)を合計で約3100万ト…

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No.101 - インドのボトル・ウォーター

前回の No.100「ローマのコカ・コーラ」の続きです。コカ・コーラ社については強く覚えているテレビ番組があります。それは、2001年10月7日の「NHKスペシャル」で放映された「ウォーター・ビジネス」です。この中でNHKは、コカ・コーラ社がボトル・ウォーターのビジネスでインドに進出する過程を取材し、放映しました。以下その内容を紹介しますが、あくまで2001年時点でのインドの状況です。 インドの水道事情 このドキュメンタリー番組では、まずインドの水道事情が紹介されます。そもそもインドの水道普及率は少なく、正確には覚えていませんが、確か30%とかそういう数字だったと思います。 水道が施設されている大都市でも、朝夕の30分しか水が出ないことがあったり、また1週間全く水が出ないこともある。水質も劣っていて、水道水から大腸菌が検出されたりする。特に統一的な水質基準はないようです。 水道がない地域では、週1回来るか来ないかの水道局の給水車に頼るしかない。それもなければ、井戸の水か、川の水を飲むしかない。大変に不衛生なわけです。 インドのボトル・ウォーター事情 このような水道事情により、インドでは必然的にボトル・ウォーターのビジネスが盛んです。インドのボトル・ウォーター業者は数千社あります。値段は決して安くないのですが、ボトル・ウォーターは衛生的に見えるので、どんどん売れます。 しかし、ボトルの洗浄が不十分だったり、蜘蛛の巣が張っているような不衛生な工場もある。中には…

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No.100 - ローマのコカ・コーラ

No.7「ローマのレストランでの驚き」で、ローマのテルミニ駅の近くのレストランで見たテレビ番組の話を書きました。素人しろうと隠し芸勝ち抜き戦(敗者が水槽に落ちる!)に、オペラ『ノルマ』のソプラノのアリアを歌う男性が出てきて驚いたという話でした。 この時のローマ滞在で、もう一つ驚いたというか「印象に残った」ことがあったのでそれを書きます。  No.7 は3年前に書いた記事ですが、なぜそれを思い出したかと言うと、最近、ウッディ・アレン監督の『ローマでアモーレ』を見たからです。この映画では、葬儀屋の男が実は美声の持ち主という設定があり、家でシャワーを浴びながらオペラのアリアを歌うシーンが出てきます。ただし、以下の話はオペラとは全く無関係です。 テルミニ駅の近くのホテル ローマに着いた当日のことです。テルミニ駅の近くのホテル(日本人もよく泊まる、わりと有名なホテル)に到着したのは夜の9時ごろだったので、食事はそのホテルのレストランでとることにしました。そのホテルのレストランで目にした光景です。 私たち夫婦のテーブルの近くに、明らかにアメリカ人だと分かる夫婦がいました。その夫婦がコカ・コーラを飲みながら食事をしてたのです。誰でも知っている例の「コカ・コーラの瓶」がテーブルに置いてあったのですぐに分かりました。 この光景に少々「違和感」を抱きました。それはまず「観光でイタリアのホテルに来てまでコカ・コーラを注文しなくてもよいのに」という率直な感じです。 違和…

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No.99 - ドボルザーク:交響曲第3番

チェコ No.1-2 の「千と千尋の神隠しとクラバート」で紹介した小説『クラバート』は、現在のチェコ領内(リベレツ)で生まれたドイツ人作家、オトフリート・プロイスラーが、ドイツ領内(シュヴァルツコルム)に住むスラヴ系民族・ソルブ人を描いた小説でした。 それが契機で、スラブ系民族の国・チェコにまつわる作曲家の話を2回書きました。 ◆スメタナ(1824-1884)- ボヘミア地方・リトミシュル出身  No.5「交響詩:モルダウ」 ◆コルンゴルト(1897-1957)- モラヴィア地方・ブルノ出身  No.9「コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲」 の二つです。 今回はその3回目として、チェコの「超大物作曲家」ドヴォルザーク(1841-1904)の作品を取り上げたいと思います。ドヴォルザークはプラハの北北西、約30kmにあるネラホゼヴェスという町で生まれまた人です。ドヴォルザークの時代、チェコはオーストリア帝国の一部だったわけで、町のドイツ語名はミュールハウゼン・アン・デア・モルダウでした。その名の通り、ヴルタヴァ川(モルダウ川)の沿岸の町です。 ドヴォルザークの名曲はたくさんあり、取り上げたい作品も迷うところですが、交響曲第3番(作品10。33歳)ということにします。初期の作品ですが、それだけにドヴォルザーク「らしさ」がよく現れていると思うのです。 ドヴォルザーク:交響曲第3番 変ホ長調 作品10 ドヴォルザーク 交響曲第3番…

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No.98 - 大統領の料理人

No.12-13 で書いた「バベットの晩餐会」は、フランス人女性シェフを主人公とする「食」がテーマのデンマーク映画でした。最近、同じように女性シェフを主人公とするフランス映画が日本で公開されたので、さっそく見てきました。『大統領の料理人』です。今回はこの映画の感想を書きます。まず映画のストーリーの概要です。 大統領の料理人 主人公は、オルタンス・ラボリという名の女性料理人(俳優:カトリーヌ・フロ)です。映画は、オーストラリアのTV局のスタッフが南極にあるフランスの観測基地を取材するシーンから始まります。この基地には女性の料理人がいて、もうすぐフランスに帰国するようです。彼女は何と、数年前まではフランス大統領の専属料理人だったというのです。 映画は南極観測基地の料理人であるオルタンスを「現在」とし、彼女が「フランス大統領の専属料理人」であった過去を回想するという、いわゆるカットバックの手法で構成されています。多くを占めるのはもちろん「大統領の専属シェフ時代のオルタンス」ですが、南極観測基地のシーンも何回か出てきます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ フランスのペリゴール地方の農場のオルタンス・ラボリのもとへ、大統領府からの使者がやってきます。大統領の専属料理人になってほしいとの要請です。彼女を専属料理人に推薦したのは、フランスの高名なシェフであるジョエル・ロブションだと言うのです。 エリゼ宮にやってきたオルタンスは、主厨房のシェフ以下の男性料理人たちから敵意と嫉…

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No.97 - ミレー最後の絵(続・フィラデルフィア美術館)

前回の No.96「フィラデルフィア美術館」の続きです。この美術館について、もう一回書くことにします。 Philadelphia Museum of Art East Entrance 側より ( site : press.visitphilly.com ) フィラデルフィア美術館のような「巨大美術館」を紹介するのは難しいものです。有名アーティストの作品がたくさんあるので、いちいちあげていったらキリがありません。そこで前回はあえて「あまり有名ではない画家の作品」を取りあげ、最後に1枚だけ(超有名画家である)アンリ・ルソーの作品を紹介しました。 しかし、ちょっと考え直しました。有名アーティストの作品をあげていったらキリがないけれど、 有名画家の、代表作とは言えないし傑作でもないけれど、印象に残る絵 なら何点かあげられると思ったのです。今回はその「印象に残る絵」という視点での紹介です。もちろん個人の印象です。 なお以下に取り上げる絵画は、フィラデルフィア美術館が所蔵している作品であって、常に展示されているとは限りません。美術館は展示状況をウェブサイトで公開しています。 カサット(1844-1926) まずフィラデルフィア出身のメアリー・カサットが「馬車で行く婦人と少女」を描いた作品です。 Mary Stevenson Cassatt(1844-1926) 『A Woman and a Girl Driving』(1881) (89.7 x 130…

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No.96 - フィラデルフィア美術館

フィラデルフィア美術館 前回の No.95「バーンズ・コレクション」の続きです。バーンズ・コレクションから歩いて行ける「フィラデルフィア美術館(Philadelphia Museum of Art)」について書きます。 Philadelphia Museum of Art ( site : www.visitphilly.com ) フィラデルフィア美術館は、所蔵点数も多い全米屈指の「大美術館」です。3階建ての2階と3階が展示スペースになっていて、それぞれ約100の展示室があります。西洋美術では中世から現代アートまでがあり、また東洋・アジアの美術もある。江戸期の日本画も所蔵されているし、館内には日本の茶室まで造営されています。ちゃんと見るには1日がかり(でも時間がないほど)です。 しかも近くには別館があり、さらにバーンズ・コレクションとの間にはロダン美術館があって、この3つのミュージアムが共同運営されています。つまりフィラデルフィア美術館のチケットで3館に入場でき、チケットは2日間有効です。2日がかりで見学しなさいということでしょう。良心的なやり方だと思います。 しかし我々は前回に書いたように「ニューヨークからの日帰り」を前提にしているので「フィラデルフィア美術館の見どころ」だけに話を絞ります。バーンズ・コレクションと同じジャンルである「19世紀のヨーロッパ美術」と「アメリカ美術」です。 ちなみに、フィラデルフィアはアメリカ独立宣言が起草され採択された都市で…

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No.95 - バーンズ・コレクション

前回の No.94「貴婦人・虎・うさぎ」の最後の方で、アンリ・ルソーのウサギの絵を紹介しましたが、この絵を所蔵しているのは、アメリカのフィラデルフィアにある「バーンズ財団 The Barnes Foundation」でした。今回はこの財団が管理するバーンズ・コレクションのことを書きます。 バーンズ・コレクションは、現在はフィラデルフィアの中心部に近い財団の「施設」に展示され、公開されています。施設の正式名は「The Barnes Foundation Philadelphia Campus」のようですが、以降、この「施設」も、その中の「展示作品」も区別せずに「バーンズ・コレクション」と表記します。 アメリカの美術館を訪れる もしあなたが美術好きで、美術館を訪れるのが趣味で、海外旅行の際にも美術館によく行き、かつ、パリやローマには行ったので、今度はアメリカに行くとします。 アメリカの有名美術館は、ヨーロッパ絵画、特に19世紀以降の近代絵画の宝庫です。ヨーロッパ絵画に興味があるなら、パリ、ロンドン、アムステルダム、ローマ、フィレンツェ、マドリードに旅行するだけでは不十分であり、特に近代絵画をおさえておくためにはアメリカに行く必要があります。2011年に日本で開催された「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」の宣伝文句に「これを見ずに、印象派は語れない」とありましたが、これは大袈裟でもなんでもなく、事実をストレートに言っているに過ぎないのです。 そのアメリカの有名美術館を訪…

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No.94 - 貴婦人・虎・うさぎ

前回の No.93「生物が主題の絵」で西欧絵画に描かれた動物のことを書きましたが、今回はその補足です。 忠節のシンボルとしての犬 No.93 で引用したヤン・ファン・エイクの『アルノルフィーニ夫妻の肖像』(1434)には、夫妻の足もとに一匹の犬(グリフォン犬)が描かれていました。神戸大学准教授で美術史家の宮下規久朗氏によると、この犬は「忠節」のシンボルとして描かれたものです。犬は主人を裏切らないから忠節を表すのです。 この「足もとに一匹の犬が描かれている」ということで気になる作品があります。パリのクリュニー中世美術館にある『貴婦人と一角獣』(1500年頃)という有名なタペストリーです。このタペストリーは2013年に日本に貸し出され、東京では国立新美術館で4月27日~7月15日に展示されました(大阪展は国立国際美術館で、7/27-10/20)。 『貴婦人と一角獣』は6枚のタペストリーから構成され、そのうち5枚の意味(表現しているもの)は明確になっています。つまり「味覚」「聴覚」「視覚」「嗅覚」「触覚」という人間の五感です。しかし最後の一枚、「我が唯一の望みへ」との文字が書かれたタペストリーの意味は謎であり、これまでさまざまな説が提出されてきました。 この「我が唯一の望みへ」をよく見ると、貴婦人の足もとに一匹の犬が描かれている(というより、タペストリーだから織られている)のですね。 「貴婦人と一角獣 - 我が唯一の望みへ」 (パリ。クリュニー中世美術館) この犬…

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No.93 - 生物が主題の絵

No.85「洛中洛外図と群鶴図」で、尾形光琳(1658-1716)の「群鶴図屏風」(米国・フリーア美術館蔵)のことを書きました。この六曲一双の屏風には19羽の鶴が描かれているのですが、西洋の絵画と対比したところで、 野生動物を主題にした西洋絵画はあまり思い当たらない と書きました。 尾形光琳「群鶴図屏風」(米・ワシントンDC。フリーア美術館) 確かに近代までの西洋の絵画は圧倒的に人物が中心で、宗教画・神話画・歴史画・肖像画・自画像など、人物(ないしは神や聖人)が画題になっています。中には「希望」「哲学」「妬み」といった抽象概念を擬人化して人物の格好で表した絵まである。「そこまでやるか」という感じもするのですが、とにかく人物が溢れています。人物画の次は静物画や風俗画、近代以降の風景画でしょうか。光琳の群鶴図のような野生動物はもとより、動物・植物・昆虫などの生物を描いた有名な絵はあまり思い当たらなかったのです。今回はそのことについての随想を書いてみたいと思います。 なお以下の話は、主として記録を目的とした「植物画」や「博物画」を除いて考えます。 もちろん動物が登場する絵はいっぱいあります。たとえばNo.87「メアリー・カサットの少女」で感想を書いた、メアリー・カサットの『青い肘掛け椅子の少女』(1878)です。 グリフォン犬 『青い肘掛け椅子の少女』では、少女の向かって左の椅子に寝そべっている犬がいます。この犬については、No.86「ドガとメアリー・カサット」で…

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No.92 - コーヒーは健康に悪い?

No.83-84「社会調査のウソ」で、主に谷岡一郎著『「社会調査」のウソ』に従って、社会調査が陥りやすい誤りのパターンを紹介しました。今回はその補足です。 新聞報道 先日、コーヒーと死亡リスクについての記事が朝日新聞に掲載されていました。 コーヒー1日4杯、死亡リスク高め  - 55歳未満 男性1.5倍、女性2.1倍  - 米研究チーム 4万人調査 毎日4杯以上のコーヒーを飲む55歳未満の人は、飲まない人に比べ、死亡率が高いとする疫学調査結果を、米サウスカロライナ大などが米医学誌に発表した。研究チームは「若い人はコーヒーを毎日3杯までに」と注意を呼びかけている。 チームが、米国の約4万4千人にコーヒーを飲む習慣を書面で尋ね、その後17年ほど死亡記録などを調べた。その結果、55歳未満に限ると週に28杯以上コーヒーを飲む人の死亡率は、男性では1.5倍、女性では2.1倍になっていた。55歳以上では変化はなかった。 コーヒーは世界で最もよく飲まれている飲み物の一つだが健康影響はよくわかっていない。 世界保健機構(WHO)の国際がん研究機構は1991年、膀胱(ぼうこう)がんについてコーヒーを「発がんの可能性がある」物質に分類。含まれるカフェインが心臓に負担をかけるとの見方もある。 一方で、米国立保健研究所(NIH)などは昨年、50~71歳の男女40万人対象の疫学調査で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の死亡率が1割ほど低いとの結果を発表…

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No.91 - サン・サーンスの室内楽

「時代錯誤」の音楽 No.9「コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲」で、この曲について以下の主旨のことを書きました。 ◆この曲は1945年にアメリカで作曲されたが、その50年前の1895年にウィーンで作曲されたとしても全くおかしくない曲である。それほど19世紀末のウィーン音楽に似ている。 ◆この曲の発表当時、音楽批評家は「時代錯誤だ」という批判を浴びせた。ニューヨーク・タイムス紙は「これはハリウッド協奏曲である」と切り捨てた。コルンゴルトが映画音楽を作曲していたことによる。 ◆しかし、時代錯誤であろうとなかろうと、映画音楽であろうとなかろうと、音楽の良し悪しとは関係がない。 コルンゴルトの『ヴァイオリン協奏曲』(譜例9は第1楽章の冒頭)はCDも出ているし、コンサートでも演奏されます。私も1年ほど前に初めてナマ演奏を聞きました。しかし、これほどの名曲(私見)にもかかわらず『ヴァイオリン協奏曲』のジャンルでは、世間の一般的な評価はそれほど高くはないようです。その理由ですが「発表された時に時代錯誤などという評価を受け、その評価が現代まで続いているのではないか」と疑っています。 実は、これと類似の状況が他の作曲家にもあると思うのです。同時代の批評家や音楽家からのネガティブな評価(時代錯誤など)を受け、現代も評価が低い作曲家です。その例としてフランスの作曲家、サン・サーンスをあげたいと思います。 サン・サーンスの音楽 サン・サーンスは19世紀前半(1835)に…

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No.90 - ゴヤの肖像画「サバサ・ガルシア」

No.86-87 の  ◆ ドガとメアリー・カサット  ◆ メアリー・カサットの「少女」 でメアリー・カサット(1844-1926)が描いた絵を何点か取り上げました。そのときに書いたのですが、彼女は30歳になる前にスペインに滞在し、スペインの巨匠の絵を研究し、模写をし、また自らも絵の制作に励みました。その彼女に影響を与えた画家の一人がフランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)です。今回はそのスペイン絵画の巨匠・ゴヤが描いた一枚の絵について書いてみたいと思います。 National Gallery of Art ( Washington DC )No.87「メアリー・カサットの少女」で『青い肘掛け椅子の少女』(1878)の感想を書きましたが、この作品を所蔵しているのはアメリカの首都・ワシントン DC にあるナショナル・ギャラリー(National Gallery of Art)でした。その同じ美術館に、ゴヤが描いた一人の女性の肖像画があります。『セニョーラ・サバサ・ガルシア』という作品です。私はワシントン・ナショナル・ギャラリーに一度だけ行ったことがあるのですが、そのときにこの絵は展示してあり、実物を鑑賞することができました。 『セニョーラ・サバサ・ガルシア』 フランシスコ・デ・ゴヤ 「セニョーラ・サバサ・ガルシア」 (c. 1806/1811 71×58cm) (ワシントン・ナショナル・ギャラリー) 西欧絵画史の巨匠・ゴヤはいろいろ…

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No.89 - 酒を大切にする文化

No.31「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でワイン(赤ワイン)の話を書いたのですが、そこからの連想です。 No.31で書いたのは、イタリアワインである「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」をたまたま飲む機会があり、その味に感動し、それ以降「ワイン好き」になったという経緯でした。しかし「ワイン好き」の理由は、単に味や香りが好きということだけではないと自己分析しています。その他の理由として、   ◆ ワインは(主として)食中酒である   ◆ ワインを大切にする文化がある の2点が大きいと思っているのです。 食中酒というのはもちろん「酒が料理を引き立て、料理は酒のおいしさを増すという相乗作用を引き出す酒」ということです。これが食事の楽しみを倍加させる。ワインと食事の「マリアージュ(=結婚)」などと言います。No.12-13「バベットの晩餐会」では  ・ヴーヴ・クリコ 1860(白・発泡性)  ・クロ・ヴージョ 1845(赤) が食中酒として使われていました。もちろんバベットの故郷であるフランスのワインです。 ワインを大切にする文化というのは ◆ワインの造り手◆レストラン関係者(シェフ、ウェイター、ソムリエなど)◆ワインの流通にかかわる様々な人々や組織(ショップ、評論家、ジャーナリズムなど)◆ワインの消費者 のそれそれが、品質の良いワインを育はぐくみ、楽しむという点において、それぞれの立場か…

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No.88 - IGZOのブレークスルー

IGZO液晶パネル No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」で「好奇心」と「偶然」がリチウムイオン電池の発明に重要な役割を果たした経緯を書きました。この「好奇心と偶然」の別の例として、IGZO(イグゾー)の技術を使った液晶パネルを紹介したいと思います。 2012年11月にNTTドコモは、初めて「IGZO液晶パネル」を採用したシャープ製のスマホを発売しました。メーカーであるシャープは「2014年にはすべてのスマホをIGZOにする」と発表していて(朝日新聞。2013.5.24)、IGZOをブランド化してシェアの拡大を計る戦略のようです。このIGZO液晶パネルを使ったスマホの大きな特徴が省電力です。 ドコモの2013年夏モデルで、液晶パネルの仕様が近い2機種の「実使用時間」を比較してみると次の通りです。 ◆シャープ製 AQUOS PHONE ZETA SH-06E(IGZO)実使用時間約 62.5時間バッテリー容量2600mAh表示パネル4.8インチ(1080×1920)◆サムスン製 GALAXY S4 SC-04E実使用時間約 45.1時間バッテリー容量2600mAh表示パネル5.1インチ(1080×1920) 上記の「実使用時間」とは、ドコモのホームページで次のように説明されています。 一般に想定されるスマートフォンの利用(Web閲覧などを約40分、メールや電話を約20分、ゲームや動画、音楽を約15分、その他アラームなどを約5分の、1日あたり計…

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No.87 - メアリー・カサットの「少女」

前回の No.86「ドガとメアリー・カサット」で、メアリー・カサット(Mary Stevenson Cassatt, 1844-1926)の絵を何点か引用しました。今回はそれらの絵の感想を書きます。 スペイン絵画 No.86 の最初の方に掲げたのは、パリの官展(サロン)の入選作で、  『闘牛士にパナルを差し出す女』(1873。29歳) 『コルティエ婦人の肖像』(1874。30歳) の2作品です。『コルティエ婦人の肖像』をサロンで見たドガが「私と同じ感性の画家」と評したことも書きました。 ちなみに、パナルとはスペイン語で蜂の巣(蜜蜂の巣)の意味です。女は闘牛士に水の入ったコップとパナルを差しだし、闘牛士はパナルを水に浸して飲み物を作ろうとしています。メアリー・カサット 「闘牛士にパナルを差し出す女」(1873) (クラーク美術館)メアリー・カサット 「コルティエ婦人の肖像」(1874) (個人蔵。WikiPaintingsより) メアリー・カサットは1872-3年にスペインのマドリードとセヴィリアに8ヶ月間滞在し、スペイン絵画に触れ、模写をし、自らも制作に励みました。上の2作品はスペインの巨匠の影響を感じますね。『闘牛士』はベラスケスのようだし『コルティエ婦人』の方はゴヤの影響を感じる。ゴヤと言えば、メアリーの『バルコニーにて』(1873-4)は明らかにゴヤの『バルコニーのマハたち』(1810頃)を踏まえて制作されています。 彼女はスペインに…

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No.86 - ドガとメアリー・カサット

No.19「ベラスケスの怖い絵」で中野京子さんの『怖い絵』に従って、ドガの傑作『エトワール、または舞台の踊り子』を紹介しました。 誰もが知っている有名な絵で「ドガの踊り子」と言えばこの絵を指します。中野さんが着目するのは、この絵の左上に下半身が描かれている黒服の男です。この男は踊り子のパトロンです。中野さんは「オペラ座は上流階級の男たちのための娼館」という当時の批評家の言葉を紹介しつつ、踊り子が当時置かれていた立場と、パリの世相を活写します。 No.19「ベラスケスの怖い絵」 (パリ・オルセー美術館)この「踊り子が当時置かれていた立場」を鮮やかに描き出した小説が最近出版されたので、その内容を紹介したいと思います。No.72で紹介した小説『楽園のカンヴァス』を書いた原田マハさんの『ジヴェルニーの食卓』です。 『ジヴェルニーの食卓』は次の4編からなる短編小説集です。  ◆ うつくしい墓  ◆ エトワール  ◆ タンギー爺さん  ◆ ジヴェルニーの食卓 いずれも19世紀から20世紀前半にかけてのフランスの画家とその周辺を主題にした短編小説で、歴史的事実を織り交ぜて作られたフィクションです。今回紹介するのは、その中の『エトワール』です。 原田マハ 「ジヴェルニーの食卓」 (集英社。2013)『エトワール』は、エドガー・ドガ(1834-1917)と、10歳年下の画家メアリー・カサット(1844-1926)との友情を背…

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No.85 - 洛中洛外図と群鶴図

No.34 の主題の「大坂夏の陣図屏風」(大阪城天守閣蔵)は六曲一双の屏風で、右隻には戦闘場面が、左隻は敗残兵や戦火を逃れる市民が描かれていました。No.34 に掲げた左隻を見ても分かるのですが、ここにはものすごい数の人が描かれています。六曲一双で5000人程度と言います。大坂城という「市街地」での大戦闘なので、必然的にそうなるのでしょう。 それに関係してですが、ものすごい数の人が描かれた屏風は他にもあります。有名なのが「洛中洛外図屏風」で、これは「大坂夏の陣図屏風」以上に良く知られています。歴史の教科書でも見た記憶があります。 実は先日「洛中洛外図屏風(上杉本)」の実物大の複製を見る機会がありました。京都市の北西隣の亀岡市で「複製画の日本美術展」が開催されていたので、3月末に京都へ行ったついで見てきたのです。今回はその「複製画の日本美術展」と、そこに出品されていた「洛中洛外図屏風」をはじめとする日本画の感想を書きたいと思います。 文化財デジタル複製品展覧会 亀岡市で開かれていた複製画の日本美術展は「文化財デジタル複製品展覧会 - 日本の美」という名称で、2013年3月12日から24日までの期間でした。ここに出品された複製画は以下の通りです。  作者作品国宝 重文原本所蔵綴複製所蔵①伝・ 藤原隆信神護寺三像国宝神護寺(京都市)★神護寺(京都市)②狩野元信四季花鳥図屏風重文白鶴美術館(神戸市)★白鶴美術館(神戸市)③狩野永徳花鳥図襖国宝大徳寺(京都市)&e…

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No.84 - 社会調査のウソ(2)

前回の No.83「社会調査のウソ(1)」からの続きで、『「社会調査」のウソ』(文春新書。2000。以下「本書」)の事例に従って、社会調査の要注意点をとりあげます。ここからは社会調査の回答そのものにバイアス(偏向)がかかっていて、実態を表していない例です。 人は忘れるし、ウソをつく 社会調査の要注意点のひとつは、回答そのものの信頼性です。「本書」に次のような例が載っています。 1995年4月9日の大阪府知事選挙の得票は、  横山ノック 1,625,256 票  (山田勇 無新)  平野拓也  1,147,416 票  (無新。自新社さ公・推薦) でした。ところが府知事選の1年後の1996年4月に読売新聞が行った横山知事の評価アンケートにおいて「昨年4月の知事選挙では誰に投票しましたか」という質問の答えは、  横山ノック  43.1%  平野拓也    9.5% なのです(読売新聞 1996.4.20)。あきらかに多くの人が嘘をついていることになります。 但しこれは知事選挙の1年後の調査なので、記憶の問題かもしれません。忘れてしまったということもありうる。しかし、明らかに嘘をついていると分かる調査もあります。 1年前のことであれば、中には本当に忘れたり、勘違いする人もいるかもしれない。し…

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