No.373 - 伊藤若冲「動植綵絵」の相似形

No.371「自閉スぺクトラムと伊藤若冲」の続きです。No.371 は、精神科医の華園はなぞの力つとむ氏の論文を紹介したものでした。華園先生は各種資料から、伊藤若冲を AS者(AS は Autism Spectrum = 自閉スペクトラム)であると "診断" し、臨床医としての経験も踏まえて、AS者によく見られる視覚表現の特徴が若冲の絵にも現れていると指摘されたのでした。その特徴とは、 ◆ 細部への焦点化 ◆ 多重視点 ◆ 表情認知の難しさ ◆ 反復繰り返し表現 の4つで、詳細は No.371 で紹介した通りです。その No.371 には書かなかったのですが、華園先生の論文「自閉スペクトラムの認知特性と視覚芸術」(日本視覚学会誌 VISION Vol.30-4, 2018)には気になる記述があります。それは、必ずしもAS者が備えているわけではないが、AS者に随伴することが多い能力があるとの指摘です。その能力とは、 ◆ 共感覚 ◆ カメラアイ ◆ 法則性の直感的洞察力 です。「共感覚」というのは、文字や数字、音、形に色を感じたりする例で、ある刺激を感覚で受け取ったときに、同時にジャンルの異なる感覚が生じる現象を言います。 「カメラアイ」は、見たものをまるでカメラで写したように記憶できる「視覚映像記憶」のことです。たとえばある都市の写真を見て、その後、記憶だけを頼りに都市風景を詳細に描き起…

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No.371 - 自閉スぺクトラムと伊藤若冲

No.363「自閉スペクトラム症と生成 AI」は、自閉スペクトラム症の女性を主人公にしたフランスの警察ドラマ、「アストリッドとラファエル」に触発されて書いた記事でした。今回は自閉スペクトラムと絵画との関係について書きます。 皇居三の丸尚蔵館 皇室が国に寄贈した美術工芸品を収蔵する三の丸尚蔵館は、新施設の建設工事(第1期)が完成し、これを記念して2023年11月から2024年6月まで、所蔵作品を展示する開館記念展が開催されました。これは第1期から4期に分かれており、その第4期の展示(2024年5月21日~6月23日)に行ってきました。 第4期には 14点の美術工芸品が展示されていて、どれもすばらしいものでしたが、何と言っても目玉は、狩野永徳の『唐獅子屏風』(国宝)と伊藤若冲の『動植綵絵』(全30幅のうちの4幅。国宝)でしょう。私は『唐獅子屏風』は別の展覧会で見たことがあったのですが、『動植綵絵』は初めてでした。 伊藤若冲の『動植綵絵』 そもそも4期に渡るこの展示会は、『動植綵絵』の "全30幅のうちの12幅" が大きな "目玉作品" でした。そのうちの8幅は第1期の前期と後期にそれぞれ4幅が展示され、今回が最後の4幅です。展示されていたのは、 ・老松孔雀図 ・諸魚図 ・蓮池遊魚図 ・芙蓉双鶏図 でした。なお、No.215「伊藤若冲のプルシアン・ブルー」に書いた『群魚図《鯛》」は『諸魚図』とは別です。今回の作品は蛸たこが目立つので『群魚図《蛸》』と呼…

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No.309 - 川合玉堂:荒波・早乙女・石楠花

東京・広尾の山種美術館で「開館55周年記念特別展 川合玉堂 ── 山﨑種二が愛した日本画の巨匠」と題した展覧会が、2021年2月6日~4月4日の会期で開催されたので、行ってきました。 山種美術館の創立者の山﨑種二(1893-1983)は川合玉堂(1873-1957)と懇意で、この美術館は71点もの玉堂作品を所蔵しています。そういうわけで、広尾に移転(2009年)からも何回かの川合玉堂展が開催されましたが(2013年、2017年など)、今回は所蔵作品の展示でした。 このブログでは、過去に川合玉堂の作品を何点か引用しました。制作年順にあげると次のとおりです。 『冬嶺孤鹿』(1898。25歳) No.93「生物が主題の絵」 『吹雪』(1926。53歳) No.199「円山応挙の朝顔」 『藤』(1929。56歳) 『鵜飼』(1931。58歳。東京藝術大学所蔵) No.275「円山応挙:保津川図屏風」 これらはいずれも補足的なトピックとしての玉堂作品でしたが、今回はメインテーマにします。とは言え、展示されていた作品は多数あり、この場で取り上げるにはセレクトする必要があります。今回は "玉堂作品としてはちょっと異質" という観点から、『荒海』『早乙女さおとめ』『石楠花しゃくなげ』の3作品のことを書きます。 荒海 川合玉堂(1873-1957) 「荒海」(1944) 85.8cm × 117.6cm (山種美術館) …

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No.280 - 円山応挙:国宝・雪松図屏風

No.275「円山応挙:保津川図屏風」の続きで、応挙の唯一の国宝である『雪松図屏風』(三井記念美術館・所蔵)について書きます。私は今までこの作品を見たことがありませんでした。根津美術館で開催された『円山応挙 -「写生」を超えて』(2016年11月3日~12月18日。No.199「円山応挙の朝顔」参照)でも前期に展示されましたが、私が行ったのは後期だったので見逃してしまいました。 『雪松図屏風』は、三井記念美術館の年末年始の展覧会で公開されるのが恒例です。今度こそはと思って、2020年の1月に日本橋へ行ってきました。「国宝 雪松図と明治天皇への献茶」(2019.12.14 - 2020.1.30。三井記念美術館)という展覧会です。雪松図と茶道具がセットになった展覧会ですが、その理由は、明治20年(1887年)に三井家が京都御所で明治天皇に献茶を行ったときに『雪松図屏風』が使われたからです。 この屏風は今までTVやデジタル画像で何回も見ましたが、そういったデジタル画像ではわからない点、実際に見て初めてわかる点があることがよく理解できました。ないしは、実際に見ると "なるほど" と強く感じる点です。それを4つの切り口から以下に書きます。 円山応挙(1733-1796) 「雪松図屏風」 円山応挙 「雪松図屏風」右隻 円山応挙 「雪松図屏風」左隻 松の葉が描き分けられている 『雪松図屏風』は右隻に1本、左隻に2本の、合計3本の松が描かれています。詳細に見ると、…

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No.275 - 円山応挙:保津川図屏風

No.199「円山応挙の朝顔」で、東京の根津美術館で開催された『円山応挙 -「写生」を超えて』という展覧会(2016年11月3日~12月18日)に出展された応挙の作品を何点かとりあげました。今回はその続きで、2019年夏に開催された応挙作品を含む展覧会の話を書きます。東京藝術大学美術館で開催された「円山応挙から近代京都画壇へ(東京展)」(2019年8月3日~9月29日)です。 今回は展示されていた応挙作品の中からピンポイントで『保津川図屏風』(重要文化財。後期展示)をとりあげ、併せて順路の最後に展示してあった川合玉堂の作品のことを書きます。まず、この展覧会の概要です。 円山応挙から近代京都画壇へ この展覧会の内容については、主催者が発行したパンフレット(上の画像)に次のように記されていました。 18世紀、様々な流派が百花繚乱のごとく咲き乱れる京都で、円山応挙は写生画で一世を風靡し円山派を確立しました。また、与謝蕪村に学び応挙にも師事した呉春によって四条派が興り、写生画に瀟洒な情趣を加味して新たな一派が誕生します。この二派は円山・四条派としてその後の京都の主流となり、近代に至るまで京都画壇に大きな影響を及ぼしました。 本展は、応挙、呉春を起点として、長沢芦雪、渡辺南岳、岸駒がんく、岸竹堂きしちくどう、幸野楳嶺こうのばいれい、塩川文麟しおかわぶんりん、竹内栖鳳、山元春挙、上村松園ら近世から近代へと引き継がれた画家たちの系譜を一挙にたどります。また、自然、人物、動物とい…

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No.270 - 綴プロジェクトによる北斎の肉筆画

高精度複製画による日本美術の展示会 No.85「洛中洛外図と群鶴図」で、2013年に京都府で開催された「文化財デジタル複製品展覧会 - 日本の美」を見学した話を書きました。この展覧会には、キヤノン株式会社が社会貢献活動として京都文化協会と共同で行っている「綴つづりプロジェクト」(正式名称:文化財未来継承プロジェクト)で作られた高精度複製画が展示されていました。その原画の多くが国宝・重要文化財です。No.85 のタイトルにしたのは展示作品の中から、狩野永徳の『上杉本・洛中洛外図屏風』(国宝)と、尾形光琳の『群鶴図屏風』でした。 綴プロジェクトの高精度複製画は、複製と言っても非常にレベルが高いものです。高精度のデジタルカメラで日本画を撮影し、高精細のインクジェット・プリンタで専用の和紙や絹本に印刷します。それだけではなく、金箔や金泥、雲母(きら)の部分は本物を使い、表装は実物そっくりに新たに作成します。もちろん、金箔・金泥・雲母・表装は、その道のプロフェッショナルの方がやるわけです。つまり単にデジタル撮影・印刷技術だけで作成しているのではありません。「キヤノンのデジタル技術 + 京都の伝統工芸」が綴プロジェクトです。その制作過程を、キヤノンのホームページの画像から掲載しておきます。 綴プロジェクトの制作過程(1)入力 デジタル1眼レフカメラによる多分割撮影で、高精度のデジタル画像を取得する。 綴プロジェクトの制作過程(2)色合わせ オリジナル作品とプリント出力の結果を合わせ…

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No.215 - 伊藤若冲のプルシアン・ブルー

No.18「ブルーの世界」で青色顔料(ないしは青色染料)のことを書いたのですが、その中に世界初の合成顔料である "プルシアン・ブルー" がありました。この顔料は江戸時代後期に日本に輸入され、葛飾北斎をはじめとする数々の浮世絵に使われました。それまでの浮世絵の青は植物顔料である藍(または露草)でしたが、プルシアン・ブルーの強烈で深い青が浮世絵の新手法を生み出したのです。絵の上部にグラディエーション付きの青の帯を入れる「一文字ぼかし」や、本藍とプルシアン・ブルーをうまく使って青一色で摺るといった手法です(No.18)。プルシアン・ブルーが浮世絵に革新をもたらしました。 そして日本の画家で最初にプルシアン・ブルーを用いたのが伊藤若冲だったことも No.18「ブルーの世界」で触れました。その若冲が使ったプルシアン・ブルーを科学的に分析した結果が最近の雑誌(日経サイエンス)にあったので、それを紹介したいと思います。 伊藤若冲『動植綵絵』 宮内庁・三の丸尚蔵館が所蔵する全30幅の『動植綵絵』は、伊藤若冲の最高傑作の一つです。この絵を全面修復したときに科学分析が行われ、プルシアン・ブルーが使われていることが判明しました。その経緯を「日経サイエンス」から引用します。以下の引用で下線は原文にはありません。 伊藤若冲の代表作『動植綵絵』は、1999年度から6年間にわたり、大規模な修理が行われた。絹に描かれた絵から裏打ちの和紙をすべてはがし、新たに表装しなおす「解体修理」だ。作品を裏からも見…

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No.199 - 円山応挙の朝顔

No.193「鈴木其一:朝顔の小宇宙」で、メトロポリタン美術館が所蔵する鈴木其一(1795-1858)の『朝顔図屏風』のことを書きました。2016年9月10日から10月30日までサントリー美術館で開催された「鈴木其一 江戸琳派の旗手 展」で展示された作品です。 実はこのすぐあとに、もう一枚の "朝顔" を鑑賞する機会がありました。円山応挙(1733-1795)が描いた絵です。根津美術館で開催された『円山応挙 -「写生」を超えて』展(2016年11月3日~12月18日)に、その朝顔が展示されていました。今回はこの展覧会のことを書きます。 この展覧会は応挙の画業を網羅していて、多数の作品が展示されていました。国宝・重要文化財もあります。その中から朝顔を含む4作品に絞り、最後に全体の感想を書きたいと思います。 朝顔図 円山応挙 「朝顔図」 天明四年(1784)51歳 (相国寺蔵) 並んで展示されていた『薔薇ばら文鳥図』と二幅一対の掛け軸で、この二幅は元々 "衝立て" の両面だったと言います。朝顔の銀地に対して、薔薇文鳥は金地でした。 この絵は、画面右下のほぼ4分の1に朝顔を密集させ、それによって銀地の余白を引き立てています。朝顔の蔓は左方向横と左斜め上に延び、銀地を心地よく分割しています。花と葉の集団は画面の右端でスパッと切断されていて、さらに右への朝顔の広がりが感じられます。"完璧な構図" といったところでしょう。 "完璧な構図" と書きましたが、これは日…

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No.193 - 鈴木其一:朝顔の小宇宙

No.85「洛中洛外図と群鶴図」で尾形光琳の『群鶴図屏風』(フリーア美術館所蔵。米:ワシントンDC)を鑑賞した感想を書きました。本物ではなく、キヤノン株式会社が制作した実物大の複製です。複製といっても最新のデジタル印刷技術を駆使した極めて精巧なもので、大迫力の群鶴図を間近に見て(複製だから可能)感銘を受けました。 「鶴が群れている様子を描いた屏風」は、光琳だけでなく江戸期に数々の作例があります。その "真打ち" とでも言うべき画家の作品、光琳の流れをくむ江戸琳派の鈴木其一きいつの『群鶴図屏風』を鑑賞する機会が、つい最近ありました。2016年9月10日から10月30日までサントリー美術館で開催された「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展です。今回はこの展覧会から数点の作品をとりあげて感想を書きます。 展覧会には鈴木其一(1795-1858)の多数の作品が展示されていたので、その中から選ぶのは難しいのですが、まず光琳と同じ画題の『群鶴図屏風』、そして今回の "超目玉" と言うべき『朝顔図屏風』、さらにあまり知られていない(私も初めて知った)作品を取り上げたいと思います。 鈴木其一『群鶴図屏風』 鈴木其一「群鶴図屏風」 ファインバーグ・コレクション (各隻、165cm×175cm) 鈴木其一「群鶴図屏風・左隻」 鈴木其一「群鶴図屏風・右隻」 この屏風を、No.85「洛中洛外図と群鶴図」で紹介した尾形光琳の「群鶴図屏風」(下に画像を掲載)と比較すると以下のようです。 …

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No.156 - 世界で2番目に有名な絵

前回の No.155「コートールド・コレクション」で、日本女子大学の及川教授の、  サント・ヴィクトワール山は、セザンヌにとっての富士山 という主旨の発言を紹介しました。これはあるIT企業(JBCC)の情報誌に掲載された対談の一部です。その対談で及川教授は別の発言をしていました。大変興味をそそられたので、その部分を紹介したいと思います(下線は原文にありません)。 石黒 和義:(JBCCホールディングス社長:当時) 先週まで、スペインにおられたとうかがいました。 及川 茂:(日本女子大学教授:当時) はい。サラマンカ大学とサラゴサ大学で講義を行ってきました。 石黒: サラマンカ大学はスペインで最も歴史のある名門大学ですね。 及川: そうです。イタリアのボローニャ大学についで古い大学の一つです。そのサラマンカ大学では、2週間の集中講義を行いました。美術史講座で「ジャポニズム」がテーマでしたので、関連深い浮世絵の全体像を知りたいと、私に白羽の矢が立ったようです。 ところで、世界で一番有名な絵はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」といわれますが、二番目に有名な絵は何だと思いますか ? 石黒: なんだろうな。ゴッホの「ひまわり」あたりはどうですか。 及川: 近いですよ(笑)。葛飾北斎の大波の絵と言われています。サラマンカでも講義に出た全員が知っていました。ところが、この絵をきちんと説明できる日本人はほとんどいない。まず正確な題名が出てこ…

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No.85 - 洛中洛外図と群鶴図

No.34 の主題の「大坂夏の陣図屏風」(大阪城天守閣蔵)は六曲一双の屏風で、右隻には戦闘場面が、左隻は敗残兵や戦火を逃れる市民が描かれていました。No.34 に掲げた左隻を見ても分かるのですが、ここにはものすごい数の人が描かれています。六曲一双で5000人程度と言います。大坂城という「市街地」での大戦闘なので、必然的にそうなるのでしょう。 それに関係してですが、ものすごい数の人が描かれた屏風は他にもあります。有名なのが「洛中洛外図屏風」で、これは「大坂夏の陣図屏風」以上に良く知られています。歴史の教科書でも見た記憶があります。 実は先日「洛中洛外図屏風(上杉本)」の実物大の複製を見る機会がありました。京都市の北西隣の亀岡市で「複製画の日本美術展」が開催されていたので、3月末に京都へ行ったついで見てきたのです。今回はその「複製画の日本美術展」と、そこに出品されていた「洛中洛外図屏風」をはじめとする日本画の感想を書きたいと思います。 文化財デジタル複製品展覧会 亀岡市で開かれていた複製画の日本美術展は「文化財デジタル複製品展覧会 - 日本の美」という名称で、2013年3月12日から24日までの期間でした。ここに出品された複製画は以下の通りです。  作者作品国宝 重文原本所蔵綴複製所蔵①伝・ 藤原隆信神護寺三像国宝神護寺(京都市)★神護寺(京都市)②狩野元信四季花鳥図屏風重文白鶴美術館(神戸市)★白鶴美術館(神戸市)③狩野永徳花鳥図襖国宝大徳寺(京都市)&e…

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