No.363 - 自閉スペクトラム症と生成AI

No.346「アストリッドが推理した呪われた家の秘密」で、NHK総合で放映中の「アストリッドとラファエル 文書係の事件簿」に関係した話を書きました("麦角菌" と『イーゼンハイムの祭壇画』の関係)。今回もその継続で、このドラマから思い出したことを書きます。現在、世界中で大きな話題になっている "生成AI" に関係した話です。 アストリッドとラファエル 「アストリッドとラファエル 文書係の事件簿」は、NHK総合 日曜日 23:00~ の枠で放映されているフランスの警察ドラマです。そのシーズン2の放映が2023年5月21日から始まりました。 アストリッドはパリの犯罪資料局に勤務する文書係の女性(俳優はサラ・モーテンセン)、ラファエルはパリ警視庁の刑事(警視)です(俳優はローラ・ドヴェール)。アストリッドは自閉スペクトラム症ですが、過去の犯罪資料に精通していて、また抜群の洞察力、推理力があります。一方のラファエルは、思い立ったらすぐに(捜査規律違反もいとわず)行動に移すタイプです。しかし正義感は人一倍強く、人間としての包容力もある女性刑事です。この全く対照的な2人がペアになって難事件を解決していくドラマです(サラ・モーテンセンの演技が素晴らしい)。 シーズン2 第6話「ゴーレム」(2023年6月25日) この第6話で、ラファエル警視とペラン警部とアストリッドは、殺害された犯罪被害者が勤務していた AI 開発会社を事情聴取のために訪れます。会社の受付にはデ…

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No.274 - 蜂を静かにさせる方法

今回は、No.105「鳥と人間の共生」の関連です。No.105 で書いたアフリカの狩猟採集民の「蜂の巣狩り」ですが、次の3つのポイントがありました。 ◆ 狩猟採集民は火をおこし、煙でミツバチを麻痺させて蜂の巣を取り、ハチミツを採取する。 ◆ ノドグロミツオシエ(漢字で書くと "喉黒蜜教え"。英名:Greater Honeyguide)という鳥は、人間をミツバチの巣に誘導する習性がある。この誘導行動には特有の鳴き声がある。狩猟採集民はこれを利用してミツバチの巣を見つける。 ◆ ノドグロミツオシエは人間の "おこぼれ" にあずかる。たとえば蜂の巣そのものである(巣の蝋を消化できる細菌を体内に共生させている)。つまり、ノドグロミツオシエと人間は共生関係にある。 タンザニア北部の狩猟採集民、ハッザ族が「蜂の巣狩り」をする様子が YouTube に公開されています(https://www.youtube.com/watch?v=6ETvF9z8pc0)。それを見ると、ハッザ族の男たちは木をこすって火をおこし、火種を作って木片を燃やし、ノドグロミツオシエが示した木に登って蜂の巣がある樹洞じゅどうに煙を入れています。 YouTube に公開されているハッザ族の「蜂の巣狩り」の様子。ノドグロミツオシエの誘導によりハチミツの在り処を知ると、火をおこして木片を燃やし、木に登って、蜂の巣がある樹洞に木片から出る煙を入れ、蜂の巣を採取する。こ…

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No.273 - ソ連がAIを駆使したなら

No.237「フランスのAI立国宣言」で、国立情報学研究所の新井紀子教授が朝日新聞(2018年4月18日)に寄稿した "メディア私評" の内容を紹介しました。タイトルは、 仏のAI立国宣言 何のための人工知能か 日本も示せ で、AIと国家戦略の関係がテーマでした。その新井教授が最近の "メディア私評" で再び AI についてのコラムを書かれていました(2019年10月11日)。秀逸な内容だと思ったので、その内容を紹介したいと思います。 実はそのコラムは、朝日新聞 2019年9月21日に掲載された、ヘブライ大学教授・歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏へのインタビュー記事に触発されて書かれたものです。そこでまず、そのハラリ教授の記事の関連部分を紹介したいと思います。ハラリ教授は世界的なベストセラーになった「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の著者です。 AIが支配する世界 ユヴァル・ノア・ハラリ氏 朝日新聞が行ったハラリ教授へのインタビューは「AIが支配する世界」と題されています。サブの見出しは、 国民は常に監視下 膨大な情報を持つ独裁政府が現れるデータを使われ操作されぬため 己を知り抵抗を です。まずハラリ教授は、現代が直面する大きな課題には3つあって、それは、  ① 核戦争を含む世界的な戦争  ② 地球温暖化などの環境破壊  ③ 破壊的な技術革新 だと言います。そして「③ 破壊的な技術革新」が最も複雑な課…

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No.267 - ウナギの商用・完全養殖

No.107「天然・鮮魚・国産への信仰」の続きです。No.107 で魚介類の「天然」と「養殖」の話の中で、ウナギの養殖に使うシラスウナギ(=天然のウナギの稚魚)の漁獲量が激減している(従って価格が高騰している)ことを書きました。 そのウナギですが、最近の日経サイエンス(2019年8月号)に完全養殖の商用化についての現状がレポートされていました。そこで、これを機会に魚介類の「天然・養殖」についてもう一度振り返り、日経サイエンスの記事からウナギの商用・完全養殖の状況を紹介したいと思います。 「天然信仰」からの脱却 No.107で書いたように、世間一般には「素朴な天然信仰」があり、まずそこから脱却する必要があるでしょう。そもそも魚介類について「天然もの」の方が「養殖もの」よりおいしいとか、品質が良いと決めつけるのがおかしいわけです。一つの例として No.107 でミシュランの3つ星店「すきやばし次郎」の小野二郎氏(現代の名工)の発言を紹介しました。次のような要旨でした。 【要旨】 鮨ネタに関しては、一般的に天然のほうが旨い。しかし、シマアジに関しては養殖ものの方が旨いという客もいる(好みによる)。またクルマエビは、養殖の方が香りと濃厚さで勝っている。 小野二郎 (文藝春秋 2013.8) 「すきやばし次郎」は、一部の例外や入手困難なネタを除いて、天然ものを使うのが基本で、それは立派な見識です。しかし上の要旨にあるように、シマアジに関しては天然と養殖で客の好…

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No.249 - 同位体比分析の威力

No.239「ヨークの首なしグラディエーター」で書いた話の続きです。No.239 では、イギリスのヨークで発掘された古代ローマ時代の剣闘士の遺体について、  歯のエナメル質を分析することで、剣闘士の出身地や食物が推定できる ことを書きました。ある遺体の出身地はヨークから5000キロも離れた中近東地域らしいと ・・・・・・。この分析には "安定同位体分析" という技術が使われました(No.239の「補記」参照)。最近、これと類似の話が新聞に載っていました。まずその記事を引用したいと思いますが、分析の対象は剣闘士の歯ではなく "ヤギの毛" です。 カシミヤの産地 レーザーで推定 NTTは高級毛素材であるカシミヤの産地を通信用レーザーで培った技術を使って推定する実証実験を12月に始めると発表した。すでに野菜の産地評価として実用化している技術を毛素材にも応用した。2019年夏以降のサービス化を目指す。 毛素材を品質試験するケケン試験認証センター(東京・文京)と共同で取り組む。NTT研究所が開発したレーザー光線を、気体に含まれる水蒸気や二酸化炭素などの分子を測定できる技術「レーザーガスセンシング」に応用。従来は光学顕微鏡で毛の太さなどを目視してカシミヤの産地を推定していた。レーザーガスセンシングを用いることで、簡単な作業で産地を推定できるようになるという。 レーザーガスセンシングは気体に含まれる分子に特定の波長のレーザ光を照射し、分子が光のエネルギ…

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No.237 - フランスのAI立国宣言

No.233/234/235 で、国立情報学研究所の新井紀子教授の著書「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2)の内容を紹介し、感想を書きました。その新井教授ですが、最近の新聞のコラムでフランスの "AI立国宣言" について書いていました。AIと国家戦略の関係を考える上での興味深い内容だったので、それを紹介しようと思います。コラムの見出しは、  仏のAI立国宣言 何のための人工知能か 日本も示せ   (朝日新聞 2018年4月18日) です。 パリでのシンポジウム 2018年3月29日、フランス政府はパリで世界の人工知能(AI)分野の有識者を集めて意見交換会とシンポジウムを開催しました。新井教授もこの会に招かれました。 日本ではほとんど報じられていないが、人工知能(AI)分野で、地政学的な変化が起きようといている。フランスの動向だ。マクロン大統領は3月末、世界中からAI分野の有識者を招き意見交換会とシンポジウムを開催。フランスを「AI立国」とすると宣言した。2022年までに15億ユーロをAI分野に投資し、規制緩和を進める。 招待された中には、フェイスブックのAI研究を統括するヤン・ルカンやアルファ碁の開発者として名高いディープマインド(DM)社のデミス・ハサビスらが含まれた。DMは今回パリに研究拠点を置くことを決めた。 新井紀子 朝日新聞(2018.4.18) "メディア私評" 欄 フ…

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No.233 - AI vs. 教科書が読めない子どもたち

今回は No.175「半沢直樹は機械化できる」と No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」の続きです。 No.175 で、オックスフォード大学の研究者、カール・フレイとマイケル・オズボーンの両博士が2013年9月に発表した「雇用の未来:私たちの仕事はどこまでコンピュータに奪われるか?(The Future of Employment : How Susceptible are Jobs to Computerization ?)」という論文の内容を紹介しました。この論文は、「現存する職種の47%がAIに奪われる」として日本のメディアでもたびたび紹介されたものです。それに関連して、国立情報学研究所の新井紀子教授が「半沢直樹の仕事は人工知能(AI)で代替できる」と2013年に予想した話を書きました。半沢直樹は銀行のローン・オフィサー(貸付けの妥当性を判断する業務)であり、銀行に蓄積された過去の貸付けデータをもとにAI技術を使って機械的に行うことが可能だというものです。 No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」ではその新井教授が主導した「ロボットは東大に入れるか(略称:東ロボ)」プロジェクトの成果を紹介しました。これは大学入試(具体的にはセンター試験の模試)を題材にAIで何ができて何ができないのかを明らかにした貴重なプロジェクトです。 新井紀子 「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2) その新井教授が最近「AI vs. 教科書が読めない子…

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No.197 - 囲碁とAI:趙治勲 名誉名人の意見

2016年3月、韓国のイ・セドル九段とディープマインド社の「アルファ碁」の5番勝負がソウル市内で行われ、アルファ碁の4勝1敗となりました。イ・セドル九段は世界のトップクラスの棋士です。コンピュータはその棋士に "勝った" ことになります。この5番勝負とアルファ碁については次の三つの記事に書きました。 No.174ディープマインド No.180アルファ碁の着手決定ロジック(1) No.181アルファ碁の着手決定ロジック(2) その8ヶ月後の2016年11月に、今度は日本最強の囲碁プログラム、DeepZenGoと趙治勲ちょうちくん名誉名人の3番勝負(第2回 囲碁電王戦)が開催され、趙名誉名人の2勝1敗となりました(11/19, 11/20, 11/23の3戦)。"人間側" の勝利に終わったわけですが、日本の囲碁プログラムが互先たがいせんでプロ棋士に勝ったのは初めてです。第1回 囲碁電王戦(2014)ではプロ2人とアマ名人相手に1勝もできなかったことを考えると、格段の進歩だと言えます。 以上の、アルファ碁 対 イ・セドル九段、DeepZenGo 対 趙名誉名人の棋戦を、趙名誉名人本人が振り返ったコラム記事が新聞に掲載されました。実際に囲碁プログラムと互先で戦ったトップ棋士の意見として貴重なものです。また大変に興味深い内容だったので、以下にそれを紹介したいと思います。 なお、DeepZenGo の前身は日本の有名な囲碁プログラム、"Zen" です(市販されている)。それに深層学…

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No.196 - 東ロボにみるAIの可能性と限界

No.175「半沢直樹は機械化できる」で、国立情報学研究所の新井紀子教授をリーダとする「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(略称 "東ロボくん")の話を書きました。東ロボくんの内容ではなく、プロジェクトのネーミングの話です。つまり、 ◆プロジェクトの存在感を出すために、是非とも "東大" にしたかったのだろう(本来なら "ロボットは大学に入れるか" でいいはず)。 ◆新井教授は「ロボットは東大に入れない」と思っているのではないか。その証拠にプロジェクト名称が疑問形になっている。 の2点です。 「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトは2011年に開始され、2013年からは模擬試験を受験しています。2016年11月14日、今年の成果発表会が開催されました。以下はその内容です。 国立情報学研究所ニュース(NII Today)No.60(2013.6)。特集「ロボットは東大に入れるか」の表紙 東大は無理、MARCH・関関同立は合格可能 まず、新井教授が朝日新聞デジタルに寄稿した文章から引用します。 今年も「東ロボくん」の受験シーズンが終わった。今年ついに、関東ならMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)、関西なら関関同立(関西、関西かんせい学院、同志社、立命館)と呼ばれる難関私大に合格可能性80%以上と判定された。だが、東京大学には及ばなかった。現状の技術の延長線上では、AIが東京大学に合格する日は永遠に来ないだろう。 新井紀子 朝日…

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No.189 - 孫正義氏に潰された日本発のパソコン

No.175「半沢直樹は機械化できる」の補記(2016.9.18)に書いたのですが、みずほ銀行とソフトバンクは 2016年9月15日、AI(人工知能)技術を使った個人向け融資の新会社設立を発表しました。そのソフトバンクとAIについては、AI技術を使ったロボット「ペッパー」のことも No.159「AIBOは最後のモルモットか」で書きました。 二つの記事でソフトバンク・グループの孫正義社長の発言や人物評価に簡単にふれたのですが、今回は、その孫正義氏に関することを書きます。最近、ソフトバンク・グループが英国・ARM(アーム)社を買収した件です。以前に強く思ったことがあって、この買収でそれを思い出したからです。 ソフトバンクが英国・ARM(アーム)社を買収 ソフトバンク・グループの孫正義社長は、2016年7月18日にロンドンで記者会見をし、英国・ケンブリッジにあるARM社を240億ポンド(約3兆3000億円)で買収すると発表しました。ソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収した金額は1兆7820億円、米国の電話会社・スプリントの買収は1兆8000億円ですから、それらを大きく上回り、もちろん日本企業の買収案件では史上最大です。 ARM(アーム)は、コンピュータ、パソコン、スマートフォンなどの心臓部である「マイクロ・プロセッサー」を設計する会社です。  コンピュータで演算や情報処理を行う半導体チップがマイクロ・プロセッサー(Micro Processor)であり、MPU…

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No.188 - リチウムイオン電池からの撤退

今までの記事で、リチウムイオン電池について2回、書きました。 No.39リチウムイオン電池とノーベル賞 No.110リチウムイオン電池とモルモット精神 の二つです。No.39はリチウムイオン電池を最初に作り出した旭化成の吉野氏の発明物語、No.110はそのリチウムイオン電池の製品化(量産化)に世界で初めて成功した、ソニーの西氏の話でした。 そのソニーですが、リチウムイオン電池から撤退することを先日発表しました。その新聞記事を振り返りながら、感想を書いてみたいと思います。No.110にも書いたのですが、ソニーのリチウムイオン電池ビジネスの事業方針はブレ続けました。要約すると次の通りです。 ◆盛田社長・岩間社長・大賀社長時代(1971-1995)  携帯機器用電池・自動車用電池を推進。1991年、世界で初めて携帯機器用を製品化。車載用は日産自動車のEVに供給。 ◆出井社長時代(1995-2000)  自動車用電池から撤退(1999年頃) ◆安藤・中鉢・ストリンガー社長時代(2000-2012)  自動車用電池に再参入を表明(2009年、2011年の2回) ◆平井社長時代(2012-)  電池ビジネス全体の売却を検討し(2012年末)、それを撤回(2013年末) この詳しい経緯は、No.110「リチウムイオン電池とモルモット精神」に書きました。こういった事業方針の "ブレ" が過去にあり、そして今回の発表となったことを…

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No.183 - ソニーの失われた10年

No.159「AIBOは最後のモルモットか」の続きです。最近何回か書いた人工知能(AI)に関する記事の継続という意味もあります。 (No.166、No.173、No.174、No.175、  No.176、No.180、No.181にAI関連記事) ソニーのAIBOは販売が終了(2006年)してから10年になりますが、最近のAIBOの様子を取材した記事が朝日新聞に掲載されました。「あのとき それから」という連載に「AIBOの誕生(1999年)と現在」が取り上げられたのです(2016.6.1 夕刊)。興味深い記事だったので、まずそれから紹介したいと思います。 AIBOの誕生(1999年)と現在 ソニー製ではない、ソニー生まれである。この誇らしげなコピーとともに、ロボット犬「AIBOアイボ」は1999年に生まれた。外からの刺激に自律的に反応して、命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボットだ。国内では20分間で三千体を完売する人気だった。 有名なロボット工学三原則に対して開発者はアイボ版の三原則を唱えた。人間に危害を加えないという第1条は同じだが、第2条で反抗的な態度をとることが、第3条では憎まれ口を利くことも時には許されると定めている。人間に服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに。これが設計の根本思想だった。 朝日新聞(2016.6.1 夕刊) (白石明彦 記者) 記事に出てくる「ロボット工学三原則」とは、アメリ…

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No.181 - アルファ碁の着手決定ロジック(2)

(前回から続く) 前回の No.180「アルファ碁の着手決定ロジック(1)」の続きです。以下に出てくる policy network、SL policy network、RL policy network、ロールアウト、UCB については前回の説明を参照ください。 モンテカルロ木検索(MCTS)の一般論 モンテカルロ木検索(Monte Carlo Tree Search : MCTS)は、現代のコンピュータ囲碁プログラムのほとんどで使われている手法です。以下にMCTSの最も基本的なアルゴリズムを書きますが、もちろんこのような話はディープマインド社の研究報告には書かれていません。MCTSは既知のものとしてあります。しかしアルファ碁の検索はMCTSに則のっとっているので、このアルゴリズムが分かると、アルファ碁の検索手法も理解できます。  余談ですが、モンテカルロという言葉は数学において「確率的なアルゴリズム」である場合に使われます。たとえば「モンテカルロ法で円周率を計算する」としたら、円周率は半径 1 の円の面積なので、0 以上 1 以下の実数の乱数を2つ発生させ、そのペアを平面上の座標値として原点からの距離を計算する。そして、距離が 1 以下かどうかを判定する。この計算を大量にやって 1 以下の個数の割合を計算すると、その割合の 4 倍が円周率ということになります。 余談の余談ですが、こういった問題は中高校生にプログラミングを教えるのには最適ではないかと思います。…

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No.180 - アルファ碁の着手決定ロジック(1)

アルファ碁(AlphaGo) No.174「ディープマインド」で、英国・ディープマインド社(DeepMind)のコンピュータ囲碁プログラム、アルファ碁が、世界最強レベルの囲碁棋士である韓国の李世乭(イ・セドル)九段に勝利した話を書きました(2016年3月。アルファ碁の4勝1敗)。 AlphaGo vs イ・セドル9段(右)第1局 (YouTube) このアルファ碁に盛り込まれた技術について、No.174 では「Nature ダイジェスト 2016年3月号」に従って紹介しました。要約すると、ディープマインド社のやったことは、 ◆次に打つ手を選択して碁盤を読む能力をもったニューラルネットワークを、深層学習と強化学習によって作った。 ◆このニューラルネットワークを、手筋のシミュレーションによって最良の手を選択する市販の囲碁プログラムの探索アプローチと組み合わせた。 となります。非常に簡単な説明ですが、そもそも「Nature ダイジェスト」の解説が簡素に書いてあるのです(それが "ダイジェスト" の意義です)。 もうちょっと詳しく言うとどういうことなのか、どこに技術のポイントがあるのか、大変気になったので「Nature 本誌」の記事を読んでみました。ディープマインド社が投稿した「ディープ・ニューラルネットワークと木検索で囲碁を習得した - Mastering the game of Go with deep neural network and tr…

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No.176 - 将棋電王戦が暗示するロボット産業の未来

No.174「ディープマインド」、No.175「半沢直樹は機械化できる」に続いて AI(人工知能)の話を書きます。特に人工知能とロボットの関係です。考える糸口としたいのはタイトルに書いた "将棋電王戦" なのですが、まずその前に、ロボットについて振り返ってみます。 産業用ロボット ロボットはすでに現代社会において広く使われています。いわゆる「産業用ロボット」で、主に工場や倉庫で活躍しています。ここで言う "ロボット" とは、単なる機械ではありません。複数の工程や手順の組み合わせを自律的に行って、まとまった仕事や人に対するサービスを行う機械です。単一の動作、たとえば "瓶に液体を積める作業" だけを繰り返す機械は、ロボットとは言いません。また常に人間の指示によって動く機械、たとえば建設現場のクレーンや遠隔操縦のマジックハンドのような「非自律的な機械」も、ふつうロボットとは言いません。複数手順の組み合わせを自律的に行うのがロボットであり、そのうち、主として工場・倉庫などで使われているのが産業用ロボットです。具体的な用途としては、自動車の生産ラインにおける溶接や塗装、製品や部品の搬送、部品の研磨、電子部品の装着、製品の検査などがあります。 No.71「アップルとフォックスコン」で書いたマシニングセンター(工作機械の一種)は、ふつう "ロボット" とは呼びませんが、ロボットと同等の機械です。鴻海ホンハイ精密工業は、iPad / iPhone の外装ボディを金属塊から削って作っていますが、…

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No.175 - 半沢直樹は機械化できる

No.173「インフルエンザの流行はGoogleが予測する」と No.174「ディープマインド」は、いずれもAI(Artificial Intelligence。人工知能)の研究、ないしはAI技術によるビッグデータ解析の話でした。その継続で、AIについての話題です。 AI(人工知能)が広まってくると「今まで人間がやっていた仕事、人間しかできないと思われていた仕事で、AIに置き換えられるものが出てくるだろう」と予測されています。これについて、国立情報学研究所の新井紀子教授が新聞にユニークなコラムを書いていたので、それをまず紹介したいと思います。新井教授は、例の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトのディレクターです。 金融におけるITの活用 新井教授は、金融サービスにおける "フィンテック" が日本を含む世界で熱を帯びていることから話を始めます。 フィンテックはファイナンス(金融)とテクノロジー(技術)を合成した造語で、ITを駆使して金融サービスを効率化したり新しい金融サービスや商品を生み出したりすることを意味する。 金融とITの組み合わせというと、大手銀行がコールセンターにかかってくる問い合わせの電話の応対に人工知能(AI)を導入するという話題が記憶に新しい。AIの発達で銀行や証券会社の窓口係がロボットに置き換わると予測する人工知能学者も少なくない 新井紀子 コラム「Smart Times」 (日経産業新聞 2016.3.3) 2014年末、三井住友…

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No.174 - ディープマインド

最近の記事で、AI(Artificial Intelligence。人工知能)について3回書きました。 No.159AIBOは最後のモルモットか No.166データの見えざる手(2) No.173インフルエンザの流行はGoogleが予測する の3つです。No.159 の "AIBO" は AI技術を利用したソニーの犬型ロボットで、1999年に発売が開始され、2006年に販売終了しました。さすがソニーと思える先進的な製品です。また、No.166「データの見えざる手(2)」で紹介したのは「ホームセンターの業績向上策」をAI技術を利用して見い出したという事例でした。さらにNo.173は、グーグルが人々の検索ワードを蓄積したビッグデータをもとに、AI技術を応用してインフルエンザの流行予測を行った例でした。 そのAI関連の継続で、今回はグーグルが2014年に買収した英国の会社、ディープマインド社について書きたいと思います。この会社がつくった「アルファ碁」というコンピュータ・プログラムは、囲碁の世界トップクラスの棋士と対戦して4勝1敗の成績をあげ、世界中で大変な話題になりました。 「アルファ碁」とイ・セドル九段の5番勝負 2016年3月、韓国のイ・セドル(李世乭)九段とディープマインド社の「アルファ碁」の5番勝負がソウル市内で行われ、「アルファ碁」の4勝1敗となりました。イ・セドル九段は世界のトップクラスの棋士であり(世界No.1とも、No.2とも言われる)、囲碁…

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No.173 - インフルエンザの流行はGoogleが予測する

No.166「データの見えざる手(2)」において、『データの見えざる手』という本の著者である矢野和男氏が行った「ホームセンターの業績向上策」の実験を紹介しました。今回はこれと関係のある話を書きます。ホームセンターの業績向上策がどういうものだったか、復習すると以下のようになります。 ◆実験の目的は、あるホームセンター顧客単価(顧客一人当たりの購買金額)を向上させることである。 ◆まず、従業員と客にセンサー内蔵のカードを身につけてもらい、店内における行動と体の動きの全データ(以下、ビッグデータ)を詳細に記録した(2週間分)。 ◆次に、人工知能(AI)の技術を利用し、顧客単価に影響がありうるデータの組み合わせ、約6000項目を自動抽出した。 ◆それらの項目の実測データとレジでの購買データを付き合わせ、相関関係をチェックした。 ◆その結果、「従業員の滞在時間が長いと顧客単価があがる特定の場所=ホットスポット」の存在が明らかになった。 ◆従業員がホットスポットに意図的に長く滞在するようにして実測したところ、実際に顧客単価が上昇した。 という経緯でした。この話のポイントは2つあります。 ①ビッグデータを網羅的に全部収集した。 ②目的(顧客単価の向上)と相関関係にありそうな項目を、AI技術を使って自動抽出した。 の2点です。①についていうと、従来行われていたサンプリング(サンプル従業員、サンプル顧客、サンプル時間帯)ではないところに意義があります。とに…

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No.166 - データの見えざる手(2)

(前回より続く) 前回より引き続いて『データの見えざる手』(矢野和男・著。草思社。2014)の紹介と感想です。『データの見えざる手』は次のような章構成になっています。 第1章時間は自由に使えるか 第2章ハピネスを測る 第3章「人間行動」の方程式を求めて 第4章運とまじめに向き合う 第5章経済を動かす新しい「見えざる手」 第6章社会と人生の科学がもたらすもの 矢野和男 「データのみえざる手」 (草思社。2014) 前回は第1章の内容の紹介と感想でした。第2章は "ハピネス"(幸福だと感じること)が人間の身体の動きにどうあらわれるか、また従業員の "ハピネス" と企業の業績の関係が説明されています。 第3章は、人間がある行動をしてから次に同じ行動をするまでの経過時間(T)の分析です。ここでは、Tの逆数に比例して行動の確率が低下していくことが述べられています("去るものは日々に疎うとし")。 第4章は、「運がよい」ことを「人との出会い(直接的・間接的)の回数が多いこと」ととらえ、"運がよい組織" のありかたが検討されています。第5章は以下で紹介します。 第6章は、著者が主催した瀬戸内海の直島での「討論会」(人と社会についての大量データの取得・分析にもとづく、科学と社会の新しい関係)の結果が説明されています。 以下では第5章、"経済を動かす新しい「見えざる手」" で書かれていることを紹介します。前回の第1章と同じく人の行動に関するビッグデータの分析の話…

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No.165 - データの見えざる手(1)

No.148「最適者の到来」で書いた内容から始めます。No.148 中で、チューリヒ大学のワグナー教授が、  コンピュータは21世紀の顕微鏡 と語っているのを紹介しました。進化生物学者のワグナー教授は、進化の過程を分子レベルでコンピュータ・シミュレーションし、なぜランダムな遺伝子変化の中から環境に合った最適なものが生まれたきたのか、一見すると確率的に起こり得ないように思える変化がなぜ起こったのかを解き明かしていました。 進化は極めて長い時間をかけて起こるものであり、かつ分子レベルの変化なので、実験室で "見る" ことはできません。その "見えない" ものをコンピュータは "見える" ようにできる、だから "21世紀の顕微鏡" だという主旨です。 「21世紀の顕微鏡」を「見えないものを見えるようにする」という意味にとると、他の分野の例として医療現場で使われている「CT装置」「MRI装置」が思い当たります。この2つの装置の原理は違いますが、いずれも電磁場を照射し、人体を透過した電磁場の変化を測定し、それをコンピュータで解析して人体内部を画像化する(輪切りの画像や3次元画像)ということでは共通しています。まさに「見えないものを見えるようにする顕微鏡」です。 クルマの開発にもコンピュータが駆使されています。クルマは、衝突したときに前方のエンジン・ルームはグチャグチャに壊れ(=衝撃を吸収し)、運転席はできるだけ無傷なように設計してあります。これもコンピュータを使って、…

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No.159 - AIBOは最後のモルモットか

ソニーは日本を代表するエレクトロニクス会社ですが、今までソニーについて次の3つの記事を書きました。 No.54ウォークマン(1)買わなかった理由 No.55ウォークマン(2)ソニーへの期待 No.110リチウムイオン電池とモルモット精神 今回はその続きです。実は、今回のタイトル(AIBOは最後のモルモットか)は No.55 の中の一節の見出しですが、最近、それを強く思い出す新聞記事を読んだので、その話を書きます。ソニーのスマートフォン(Xperia)の話です。 Xperia Z5 Premium (ソニーモバイルコミュニケーションズ) 2015年11月下旬発売予定の4Kディスプレイ搭載機。2300万画素のイメージセンサーを備え、またハイレゾ音源に対応している。 SONY 転生 モバイル大転換 2015年10月23日から28日まで、日経新聞の星記者がソニーモバイルコミュニケーションズを取材した記事が4回連続で日経産業新聞に掲載されました。記事のタイトルは「SONY 転生 モバイル大転換」です。星記者が取材したのは、ソニーモバイルの十時ととき裕樹社長と、商品開発を担当する川西泉EVP(Exective Vice President)など、数名です。十時氏はソニー銀行をはじめとする金融系サービスの立ち上げや、ソニーの新規事業創出を担当した経歴をもち、また川西氏はプレイステーション・ポータブル(PSP)の開発者です。 ソニーのスマホ事業は、2012年にソニ…

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No.131 - アップルとサプライヤー

以前にアップル社についての3つの記事を書きました。  No.58「アップルはファブレス企業か」  No.71「アップルとフォックスコン」  No.80「アップル製品の原価」 の3つです。今回もその継続で、アップル社とサプライヤーの関係、特にアップル製品の製造(最終工程である製品の組立て = アセンブリ)を受託しているフォックスコンとの関係について、最近の新聞記事から感じたことを書きたいと思います。なお、フォックスコンは、台湾の鴻海ホンハイ精密工業の中国子会社である富士康科技集団の通称ですが、鴻海(ホンハイ)も中国子会社も区別せずにフォックスコンと書くことにします。 その前に No.58とNo.80で書いたことを振り返ってみると、まず No.58「アップルはファブレス企業か」ではアップル製品の製造(製品組み立て)を受託しているフォックスコンに関して、 ◆アップル製品の原価に占める「組立費」の割合は 5% 以下だと考えられる。 ◆アップル製品の販売価格からみた製造原価の割合(原価率)は50%以下だと考えられる。 ◆原価率が50%、組立費の割合が5%だとしても、販売価格に占める組立費は2.5%である。組立費の多くは人件費のはずだが、仮に人件費が倍になったとしても、製品価格を高々2.5%押し上げるだけである。人件費の影響はこの程度に過ぎない。人件費が安いから中国の会社に委託する、といった単純なものではないはずだ。 ◆フォックスコン…

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No.110 - リチウムイオン電池とモルモット精神

No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」(2011.10.15)において、リチウムイオン電池の開発の主要な部分が日本人によってなされたことを書きました。歴史的経緯を追って記述すると以下のようになります。 ◆水島 公一  1980年(当時、東京大学助手で、オックスフォード大学のグッドイナフ教授のもとに留学中)。リチウムイオン電池の正極材としての「コバルト酸リチウム」を発見。 ◆吉野 彰  1985年(旭化成)。世界初のリチウムイオン電池を完成。正極材:コバルト酸リチウム、負極材:炭素系材料 ◆西 美緒(よしお)  1991年(当時、ソニー)。世界初の商用のリチウムイオン電池を完成。ソニーが生産・発売を開始し、携帯機器用電池として広まる。 の3人です。そして隠れた功績者の一人として、 ◆白川 英樹  1977年(当時、筑波大学)。導電性ポリアセチレン(導電性高分子)を発見。のちにノーベル化学賞を受賞。 をあげてもいいと思います。導電性ポリアセチレンは吉野彰氏が電池研究に入るきっかけをつくり、最初の試作電池に使われたからです(No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」参照)。 西美緒よしお氏が「工学分野のノーベル賞」を受賞 以上の中で、最初に商用のリチウムイオン電池を開発した元ソニーの西美緒よしお氏に関する記事が最近の新聞に掲載されました。少々長くなりますが、興味深い内容なので全文を引用したいと思います…

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No.88 - IGZOのブレークスルー

IGZO液晶パネル No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」で「好奇心」と「偶然」がリチウムイオン電池の発明に重要な役割を果たした経緯を書きました。この「好奇心と偶然」の別の例として、IGZO(イグゾー)の技術を使った液晶パネルを紹介したいと思います。 2012年11月にNTTドコモは、初めて「IGZO液晶パネル」を採用したシャープ製のスマホを発売しました。メーカーであるシャープは「2014年にはすべてのスマホをIGZOにする」と発表していて(朝日新聞。2013.5.24)、IGZOをブランド化してシェアの拡大を計る戦略のようです。このIGZO液晶パネルを使ったスマホの大きな特徴が省電力です。 ドコモの2013年夏モデルで、液晶パネルの仕様が近い2機種の「実使用時間」を比較してみると次の通りです。 ◆シャープ製 AQUOS PHONE ZETA SH-06E(IGZO)実使用時間約 62.5時間バッテリー容量2600mAh表示パネル4.8インチ(1080×1920)◆サムスン製 GALAXY S4 SC-04E実使用時間約 45.1時間バッテリー容量2600mAh表示パネル5.1インチ(1080×1920) 上記の「実使用時間」とは、ドコモのホームページで次のように説明されています。 一般に想定されるスマートフォンの利用(Web閲覧などを約40分、メールや電話を約20分、ゲームや動画、音楽を約15分、その他アラームなどを約5分の、1日あたり計…

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No.80 - アップル製品の原価

No.58「アップルはファブレス企業か」において、アップル社が iPod / iPhone / iPad の組み立てを、巨大EMS(Electoric Manufacturing Service)企業であるフォックスコンの中国工場に委託しているこを書きました。フォックスコンに委託するメリットは人件費が安いということだけではなく、もっと大きなことがあります。つまりNo.58から要約すると、 ◆アップル製品の原価に占める「組立費」の割合は 5% 以下だと考えられる。 ◆アップル製品の販売価格からみた原価の割合(原価率)は50%以下だと考えられる。 ◆原価率が50%、組立費の割合が5%だとしても、販売価格に占める組立費は2.5%である。組立費のほとんどは人件費のだと考えられる。つまり、仮に人件費が倍になったとしても、製品価格を2.5%押し上げるだけである。人件費の影響はこの程度である。 ◆フォックスコンがアップルに提供している最大の価値は「機動力」である。製品組立ては機械化できず、人手に頼らざるを得ない。大量の新製品を一気に市場投入するといった「急激な需要変動」に耐えられるだけの機動力こそ、フォックスコンがアップルに提供しているものである。 ということでした。 このアップル製品の原価についての研究がアメリカ政府のホームページに公開されているのを最近知ったので、それを紹介します。 iPod の原価構造 アメリカ国際貿易委員会( ITC : United Stat…

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No.71 - アップルとフォックスコン

No.58「アップルはファブレス企業か」で、アップル製品の製造を支える巨大企業・フォックスコン(Foxconn)にふれました。このフォックスコンの記事が最近の雑誌に掲載されたので紹介したいと思います。フォックスコンは鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)の通称ですが(正確には中国子会社の富士康科技集団の通称)、以下「フォックスコン」で統一します。 雑誌「日経ものづくり 2012年 11月号」に「世界最大のEMS企業 Foxconn のものづくりがベールをぬぐ」という寄稿記事が掲載されました。著者は東京大学名誉教授・中川威雄たけお氏です。中川氏は東京大学工学部精密工学科の出身で、東京大学生産技術研究所・教授でした。専門はプレス加工、工作機械、金型などの機械加工技術です。その後、2000年にファインテック社を創業し、現在はその社長です。中川氏はフォックスコンの技術顧問でもあり、記事を書くには最適な人物といえます。中川氏の記述内容から、フォックスコンの設立の経緯、事業内容を要約すると以下の通りです。 フォックスコンの歴史と事業内容 ◆フォックスコンはもともと、現会長の郭台銘氏が1974年に台湾で数人で創業した。最初は電子機器向けの樹脂成形部品の製造からはじめた。 ◆その後、台湾企業がパソコン部品の製造で成功し始めたころ、フォックスコンもパソコン用コネクタの製造に乗り出した。フォックスコン(Foxconn)の名前の由来は(台湾で)縁起の良い狐(Fox)…

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No.61 - 電子書籍と本の進化

No.59「電子書籍と再販制度の精神」、No.60「電子書籍と本の情報化」に続いて電子書籍に関する話です。今回は「本そのもの」が電子書籍化によって読みやすくなり価値も高まるだろうという「本の進化」です。 本の進化というと No.60「電子書籍と本の情報化」で書いたマルチメディア化によって、従来にない本のスタイル(文字+写真+動画+音声など)が可能になることもあるのですが、以下に書くのは「文字中心の本」の話です。私は文字中心の本、ないしは文字だけの本が電子書籍化によって大きく進化すると思っていて、これが最も電子書籍に期待することなのです。 以下にその「進化」の一部の例を書きますが、「既に出来ていること」と「今後出来てほしいことで、技術的には今でも可能なこと」が混在しています。技術的に可能でも、コストや標準化などから実現のための障壁がある場合もあります。 電子栞と電子書き込み まず「電子栞(ブックマーク)」です。紙の栞と違って枚数が増えても扱いやすく、また色分けや見出しを付けるのが容易です。どこまで読んだかの判別だけでなく、分量の多い書籍を読む場合には重要でしょう。 電子的に「書き込み」や「メモの張り付け」ができ、修正・削除・追加が容易なことも電子書籍ならではです。評論的な文章を読むときには、自分の考えをその場にメモしておきたいことがよくあります。 電子栞と電子書き込み(メモ)は電子書籍リーダーや電子書籍アプリの基本機能でしょう。現在のリーダやアプリでも実現されてい…

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No.60 - 電子書籍と本の情報化

No.59「電子書籍と再販制度の精神」に引き続き、電子書籍についてです。今回は電子書籍の本質とは何か、そこから何が言えるかを書いてみたいと思います。現在市販されている電子書籍・リーダー(ソニー・リーダー、アマゾン・キンドル、など)を見ると「電子書籍は従来の紙の代わりに電子機器を用いた書籍である」と考えてしまいます。しかし本質はそうではないと思います。 電子書籍は「本の情報化」No.59「電子書籍と再販制度の精神」に引き続き、電子書籍についてです。今回は電子書籍の本質とは何か、そこから何が言えるかを書いてみたいと思います。現在市販されている電子書籍・リーダー(ソニー・リーダー、アマゾン・キンドル、など)を見ると「電子書籍は従来の紙の代わりに電子機器を用いた書籍である」と考えてしまいます。しかし本質はそうではないと思います。 電子書籍は「本の情報化」 端的に言うと電子書籍は本を「情報化」したものです。紙というハードウェアに書かれている書籍の内容、その情報だけをハードウェアとは分離し、独立させたものです。 SONY Reader PRS-G1特定の時間に特定の場所にあるのがハードウェアです。しかし情報はハードウェアとは遊離した抽象的な存在です。時間と場所に依存しないのが情報であり、時間を越えて存在するし、場所を越えることも容易です。 パソコンにダウンロードした電子書籍はハードディスクなりメモリなりに書き込まれますが、書き込まれているというその状態は「情報の仮の姿」であって、…

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No.59 - 電子書籍と再販制度の精神

No.1 の『クラバート』から始まって何回か本を取り上げました。『ドイツ料理万歳』『怖い絵』『ローマ人の物語』『雑兵たちの戦場』『小公女』『ふしぎなキリスト教』『ベラスケスの十字の謎』『華氏451度』『強い者は生き残れない』などです。それ以外に、部分的に引用した本もいろいろあります。今回は「本そのもの」について書いてみたいと思います。 No.51, 52 で紹介したレイ・ブラッドベリの『華氏451度』は「本を主題にした本」でした。この紹介の最後のところで、 ◆本に関する状況が今、大きく変化しようとしている。それは電子書籍の本格的な普及のきざしである。◆『華氏451度』は、電子出版が立ち上がりはじめている現代にこそ、我々に熟考すべき課題をつきつけている。 という主旨のことを書きました。以降はその「電子書籍」についてです。『華氏451度』は、本のない世界を描くことによって人間にとっての本の意味を問いかけた小説でしたが、電子書籍について考察することも人間にとって本とは何かを鮮明にすると思っています。 後世から振り返ると、2012年(ないしは2013年)は(日本における)電子書籍普及の大きな転換点と見なされるかもしれません。ちょうど1995年がパソコンとインターネットが爆発的に普及する(世界的な)ターニングポイントになったようにです。それはWindows95とNetscapeという新製品や技術革新が後押ししました。 本・書籍はコンピュータやインターネットとは比較にならないほど長い…

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No.58 - アップルはファブレス企業か

No.54「ウォークマン」で、デジタル・オーディオ・プレーヤーとしてのウォークマンとアップルのiPodを対比したのですが、これに関連した事項です。No.54の中でiPodの成功について、 この成功は大変にドラスティックでした。そのためマスコミのアップルに関する論評には過度の「礼賛記事」が見受けられるように思います。その一つが「iPodのビジネスモデル」論です。iPodはハードウェア販売とコンテンツ配信事業(iTunes Music Store による音楽の販売)をミックスしたビジネスモデルを作ったことが成功原因だ、とよく言われます。はたしてそうなのでしょうか。 と書きました。「ハードウェア販売とコンテンツ配信事業をミックスしたビジネスモデル」は、最終的にそこに至ったのであり、iPod のブレークの主な要因ではない。iPod が爆発的に広まった根本要因は、iPod がデジタル・オーディオ・プレーヤーをよそおったコンピュータだからである、という主旨でした。 この「ハードウェア販売とコンテンツ配信事業をミックスしたビジネスモデル論」以外にも、アップルに関するメディアの記事や報道には、本質を見誤っていると思える内容がいろいろと見受けられます。その一つが「アップルはファブレス企業であり、そこに成功の要因がある」といった議論です。今回は、それについて書いてみます。 マスコミ論調 すこし前、NHKの番組を見ていたら経済解説をやっていて、NHK経済部の記者がアップル社を例にあげて説明して…

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No.57 - 首都圏交通大混乱の物理学

爆弾低気圧 普通はあまりしないことなのですが、No.56「強い者は生き残れない」の半分ぐらいの "原形" は通勤電車の座席に座って書いたものです。 2012年4月3日(火曜日)、西日本から東日本にかけて「爆弾低気圧」と呼ばれる台風並みに発達した低気圧が通過し強風が吹き荒れました。私は首都圏に在住しているのですが、帰宅途中の私の乗った電車(小田急線)も相模川を渡れずに駅で3時間も立ち往生してしまいました。迂回することも何とか可能でしたが、たまたま席に座っていたのと、低気圧が通り過ぎればそのうち動くだろうと思ったので、運行再開を待つ間キーボードをたたいていたというわけです。繰り返し電車内にアナウンスされていたのは、次の3点です。 ◆相模川の鉄橋の風速計が25m/secを越えたので電車の運行を停止する。◆風速25m/secを越えると電車は転覆の危険がある。◆10分の間、風速25m/secを越えない状況になったら運行を再開する。 なるほど、しっかりしているなと思いました。風速25m/secという明確な運行停止基準と運行を再開する基準がある。さすがに「転覆の危険」というのは大袈裟だと思いましたが(かなりの安全率が見込まれているはず)明快にそう言い切るのは良いと思います。印象に残るアナウンス内容でした。 西日本でもそうだったと思いますが、当日の首都圏の列車・電車はJRや私鉄を含めて広範囲に運行見合わせが多発しました。しかし駅での混乱は以前ほどではなかったようです。当日は13時帰宅や1…

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No.55 - ウォークマン(2)ソニーへの期待

ウォークマンはオーディオ機器 前回からの続きです。 前回の最後に書いた、コンピュータとしてのiPodに比較すると、ウォークマンは(DAPを装った)コンピュータではなかった、と言えるでしょう。ウォークマンはオーディオプレーヤーとして発想され、オーディオプレーヤーの音源としてデジタルデータを使い、コンピュータ技術を利用してハードウェアを作った。その「補助ソフト」としてSonicStageがある。 ◆A :コンピュータ技術を利用したDAP◆B :DAPを装ったコンピュータ この2つが市場で戦ったとしたら、Bが非常に有利です。なぜならコンピュータは「何でも機械」であり、アプリや周辺機器を付加することによって「変身」や「発展」が可能だからです。 コンピュータには制約がありますが、それは本体のハードウェアです。たとえば表示装置の大きさ、液晶か電子ペーパー(アマゾンのキンドルのような)か、タッチパネルがついているかどうか、などです。しかし、その制約の範囲内で発展していける。端的な例は、前回に書いたヤマハのiPod用・無線・アンプ内蔵スピーカーです。考えてみると、ソニーはヤマハ以上の「音響機器メーカー」ですね。DAP用・無線・アンプ内蔵スピーカーというのは、ウォークマン用にソニーが真っ先に作るべき製品のはずです。技術的には十分できる。しかしそうではなかった。それはウォークマンが「DAPを装ったコンピュータ」として発想されていないからだと思います。 NW-MS7 (1…

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No.54 - ウォークマン(1)買わなかった理由

ヒラリー・ハーン No.11「ヒラリー・ハーンのシベリウス」で、ヒラリー・ハーン(1979- )とウォークマンの関係について触れました。そこで紹介したのですが、彼女はシベリウスのヴァイオリン協奏曲について次のように書いています。 シベリウスの協奏曲にかんする私の最初の思い出は、とても変わっています。子供のとき、野球場ではじめてこの曲をテープレコーダで聞いたのです。ボルティモア・オリオールズの試合の最中に。(CDのライナーノートより) シベリウスのヴァイオリン協奏曲 ヒラリー・ハーンアメリカの首都・ワシントンDCの北に隣接してメリーランド州があります。その州都のボルティモアが、ヒラリー・ハーンの出身地です。子供の時からオリオールズの試合を見に野球場に足を運ぶのは、アメリカ人としてはごく自然な行動だと思います。 ポイントは、彼女が「野球場で初めてシベリウスをテープレコーダーで聞いた」と書いているところです。この「テープレコーダー」は、ソニーのウォークマン、ないしはその類似製品ですね。そういう風に強く推測できます。野球場に持っていって音楽を聞くのだから・・・・・・。ウォークマンはヒラリーの生まれた年(1979)に発売され、またたく間に世界に広まりました。クラシック音楽の世界においても「ベルリン・フィルやニューヨーク・フィルのオーケストラの連中が先を争ってウォークマンを買い求めた」という話を No.11 で紹介しました。そして「音楽を戸外に持ち出して聞く」という新たなライフスタイルを…

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No.39 - リチウムイオン電池とノーベル賞

旭化成・フェロー 吉野 彰氏 No.38「ガラパゴスの価値」において、携帯電話をはじめとするモバイル機器が、日本のリチウムイオン電池産業の発展を促進したことを書きました。現在でもリチウムイオン電池(完成品)の世界シェアの5割近く、電池用部材の6割近くは日本企業です。 旭化成・フェロー 吉野彰氏 [site : 旭化成]充電して繰り返し使える、リチウムイオン2次電池(以下、単にリチウムイオン電池と書きます)を世界で初めて創り出したのは、現・旭化成フェローの吉野 彰氏です。リチウムイオン電池は「日本発」の電池なのです。2011年6月から7月にかけての日経産業新聞の「仕事人秘録」という連載コラムに、吉野さん自身が「電池が変える未来」というタイトルで、リチウムイオン電池の開発秘話を語っておられました(13回連載)。非常に興味深い内容だったので、紹介したいと思います。 研究職としての出発 吉野さんは京都大学の石油化学科で量子有機化学を専攻し、大学院まで進んだ後、1972年に旭化成に入社します。そして神奈川県の川崎製造所(現、旭化成ケミカルズ)に配属され、研究職として出発しました。 20歳代における吉野さんの研究は、失敗の連続だったようです。まず最初に取り組んだのが「ガラスと結合するプラスチック」です。当時、旭化成は住宅事業である「ヘーべルハウス」を立ち上げたばかりであり、付加価値の高い建材の開発を目指したのです。しかし2年の研究の後、このプロジェクトは失敗に終わりまし…

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No.38 - ガラパゴスの価値

No.37「富士山型の愛国心」において日本の携帯電話(スマートフォンでない従来型の携帯電話。以下、携帯と書きます)を「ガラパゴス携帯」とか「携帯のガラパゴス化」と表現するメディアがあると書きました。これは日本だけで独自に高度に発達をとげ、世界市場では影が薄い日本の携帯を、揶揄したり批判したりする言い方です。批判というまでの意識はないのかもしれませんが、少なくとも日本の携帯をネガティブにとらえた言い方であることは間違いないと思うので、以下、この揶揄ないしは批判を「ガラパゴス批判」と書きます。 この「ガラパゴス批判」は、メディアの記者が評論家になったつもりで、おもしろがって言っているのだと思います。私は携帯業界のことに詳しいわけではないし、携帯の1ユーザに過ぎません。それでも、この批判は的を射ていないと思うのです。 スマートフォンが大きく伸びている現在、あらためて携帯における「ガラパゴス」の意味を振り返ることは大いに意味があると思います。以下に「ガラパゴス批判」の問題点を何点かあげます。 携帯はキャリアの製品 まず誰でも知っていることですが、日本の携帯は、携帯電話事業者(ドコモ、KDDI、ソフトバンクなど。以下キャリアと呼びます)の製品です。携帯電話端末というハードウェアの開発・製造会社(以下メーカと呼びます)はキャリアの委託を受け、製品を開発し、キャリアに製品を納入している存在です。携帯という製品を出しているのはキャリアであり、販売代理店→キャリアショップ・量販店というルート…

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