No.268 - 青森は日本一の「短命県」

No.247「幸福な都道府県の第1位は福井県」で、都道府県の "幸福度" を数値化する指標の一つである平均寿命を取り上げました。この「都道府県別の平均寿命」は青森県が最下位です。そのことを指して、 青森県民が塩気の利いた食品(漬け物など)を好むからだという説を聞いたことがありますが、青森県当局としてはその原因を追求し対策をとるべきでしょう。 と書きました。私は知らなかったのですが、実は「青森は日本一の短命県」という "汚名" を返上すべく、2005年から大がかりなプロジェクトが進んでいます。そのことは最近の新聞で初めて知りました。その認識不足の反省も込めて、今回は進行中のプロジェクトの話を書きます。まず、No.247 で取り上げた「都道府県別の平均寿命」の復習です。 都道府県別の平均寿命 厚生労働省は5年に1回、「生命表」を公表しています。最新は2015年のデータで、ここでは男女別の平均余命が全国および都道府県別に集計されています。ゼロ歳の平均余命が、いわゆる「平均寿命」です。 No.247「幸福な都道府県の第1位は福井県」は、「2018年版 都道府県幸福度ランキング」(日本総合研究所編)の内容を紹介したものでしたが、ここで指標の一つとして使われた平均寿命は、厚生労働省の「道府県別平均寿命データ(2015年)」の男女の平均値でした。つまり男と女の平均寿命を単純平均したもの(小数点以下1桁)です。 今回は、厚生労働省の原データ(小数点以下2桁)から再計算した結果を…

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No.265 - AI時代の生き残り術

今回は No.234「教科書が読めない子どもたち」と、No.235「三角関数を学ぶ理由」の続きで、「AI時代に我々はどう対応していけばよいのか」というテーマです。まず、今までにAIについて書いた記事を振り返ってみたいと思います。次の15の記事です。 ◆No.165 - データの見えざる手(1) ◆No.166 - データの見えざる手(2) ◆No.173 - インフルエンザの流行はGoogleが予測する ◆No.174 - ディープマインド ◆No.175 - 半沢直樹は機械化できる ◆No.176 - 将棋電王戦が暗示するロボット産業の未来 ◆No.180 - アルファ碁の着手決定ロジック(1) ◆No.181 - アルファ碁の着手決定ロジック(2) ◆No.196 - 東ロボにみるAIの可能性と限界 ◆No.197 - 囲碁とAI:趙治勲 名誉名人の意見 ◆No.233 - AI vs.教科書が読めない子どもたち ◆No.234 - 教科書が読めない子どもたち ◆No.237 - フランスのAI立国宣言 ◆No.240 - 破壊兵器としての数学 ◆No.250 - …

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No.250 - データ階層社会の到来

No.240「破壊兵器としての数学」は、アメリカのキャシー・オニールが書いた『破壊兵器としての数学』(=原題。2016年に米国で出版)の紹介でした。日本語訳の題名は『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(インターシフト 2018.7.10)です。この中でオニールはアメリカにおける、 ・教師評価システム ・USニューズの "大学ランキング" ・個人の行動履歴にもとづくターゲティング広告 ・個人の信用度あらわす "eスコア" ・個人の健康度をはかる健康スコア などをとりあげ、これらの野放図な利用がいかに社会に害悪を及ぼすか(または及ぼしているか)を厳しく警告していました。 このうち、"大学ランキング" は "組織体のランキング" ですが(日本の例として "都道府県幸福度ランキング" を書きました。No.247「幸福な都道府県の第1位は福井県」)、その他は "個人をランキングする"、ないしは "個人を分類する" ものです。そこに数学が使われているため、それが害悪になるときに「破壊兵器としての数学」だとオニールは言っているのでした。 週刊 東洋経済 (2018年12月1日号) ところで、最近の「週刊 東洋経済」(2018年12月1日号)で「データ階層社会」という特集が組まれ、現代社会において "個人をランキングしたり分類する" 動きがいかに進んでいるかを、多方面の視点から解説していました。時を得たタイムリーな特集企画だったと思ったので、そ…

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No.247 - 幸福な都道府県の第1位は福井県

No.240「破壊兵器としての数学」で、アメリカで一般化している "大学ランキング" の話を書きました。それからの連想で、今回は日本の都道府県のランキングの話を書きます。 No.240で紹介した "大学ランキング" は、キャシー・オニール 著「破壊兵器としての数学 - ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義を脅おびやかすか」の紹介でした(日本語版の題名「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」)。この本の中でキャシー・オニールは、本来多様であるべき大学教育が一つの数字によるランキングで順位付けられることの不合理や弊害を厳しく指摘していました。 ただこれはアメリカの話であり、"不合理・弊害" といっても日本人としては少々実感に乏しいものです。そこで今回は日本のランキングをとりあげ、"一つの数字によるランキング" を書いてみたいと思います。こういったたぐいのランキングがどうやって算出されているのか、それを知っておくのは有用と思うからです。 とりあげるのは「都道府県 幸福度ランキング 2018年版」(寺島実郎 監修。日本総合研究所 編。東洋経済新聞社。2018.6.7発行。以下「本書」と表記)です。都道府県幸福度ランキングは、日本総合研究所が編纂するようになってから、2012年、2014年、2016年と発行されていて、今回が4回目となります。なお以下で日本総合研究所を日本総研と略することがあります。 都道府県 幸福度ランキング まず「都道府県幸福度」とい…

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No.245 - スーパー雑草とスーパー除草剤

今まで3回に渡って、主として米国における "遺伝子組み換え作物"( = GM作物)について書きました。  No.102 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(1) No.103 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(2) No.218 - 農薬と遺伝子組み換え作物 の3つで、特にGM作物の中でも除草剤に耐性を持つ(= 除草剤耐性型の)トウモロコシや大豆、綿花についてでした。最近ある新書を読んでいたら、その米国のGM作物の状況が出ていました。菅 正治すが まさはる氏の『本当はダメなアメリカ農業』(新潮新書 2018。以下「本書」と記述)です。 菅 正治 「本当はダメなアメリカ農業」 (新潮新書 2018) 著者の菅氏は時事通信社に入社して経済部記者になり、2014年3月から2018年2月までの4年間はシカゴ支局に勤務した方で、現在は農業関係雑誌の編集長とのことです。本書は畜産業を含むアメリカ農業の実態を書いたもので、もと時事通信社の記者だけあって資料にもとづいた詳細なレポートになっています。 そこで今回は、本書の中から「GM作物、特に除草剤耐性型のGM作物」と、GM作物とも関連がある「オーガニック(有機)作物」の話題に絞って紹介したいと思います。No.102、No.218 と重複するところがありますが、No.102、No.218 の補足という意味があります。 なお、本書全体の内容は「アメリカ農業・畜産業は極めて強大だが、数々の問題点や弱みもある」というこ…

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No.240 - 破壊兵器としての数学

No.237「フランスのAI立国宣言」で紹介した新井教授の新聞コラムに出てきましたが、マクロン大統領がパリで主催した「AI についての意見交換会」(2018年3月)に招かれた一人が、アメリカの数学者であるキャシー・オニールでした。彼女は、 「Weapons of Math Destruction - How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy」(2016) 「破壊兵器としての数学 - ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義を脅おびやかすか」 という本を書いたことで有名です。Weapons of Mass Destruction(大量破壊兵器。WMDと略される)に Math(Mathematics. 数学)を引っかけた題名です(上の訳は新井教授のコラムのもの)。この本は日本語に訳され、2018年7月に出版されました。 キャシー・オニール 著(久保尚子訳) 「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」 (インターシフト 2018.7.10) です(以下「本書」)。一言で言うと、ビッグデータを数式で処理した何らかの "結果" が社会に有害な影響を与えることに警鐘を鳴らした本で、まさに現代社会にピッタリだと言えるでしょう。今回はこの本の内容をざっと紹介したいと思います。なお、原題にある Weapons of Math Destruction は、そのまま直訳すると「数学破壊兵器…

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No.235 - 三角関数を学ぶ理由

No.233-4 で新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の内容を紹介して感想を書いたのですが、引き続いてこの本の感想を書きます。 新井紀子 「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2) 本書を読んで一番感じたのは「小学校・中学校・高校での勉強は大切だ」ということです。今さらバカバカしい、あたりまえじゃないかと思われそうですが、改めて「勉強は大切」と思ったのが本書を読んだ率直な感想です。それは、AI技術を駆使した東ロボくんの "勉強方法" や 模試の成績と関係しています。また本書で説明されている「リーディング・スキル・テスト」の結果とも関連します。なぜ勉強は大切と思ったのか、その理由を順序だてて書いてみます。 ここでは「勉強」の範囲を、東ロボくんがセンター模試と東大2次試験の模試に挑戦(2016年)した、国語・英語・数学・世界史・日本史・物理の科目とし、小中学校の場合はそれに相当する教科ということにします。もちろん学校での勉強はこれだけではありません。また各種の学校行事や部活も教育の一貫だし、何よりも集団生活をすることによる "学び" が大切でしょう。 以下、小中高校の「勉強」で我々は何を学ぶのか(学んだのか・学ぶべきか)を、何点かあげてみます。 論理的に考える タイトルを「三角関数を学ぶ理由」としました。三角関数は現状の高校数学では数Ⅲであり、従って大学入試では理系ということになりますが、もちろん三角関数でなくてもいいし…

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No.234 - 教科書が読めない子どもたち

(前回より続く) 前回に引き続き、新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(以下「本書」)の紹介と感想です。本書は前半と後半に分かれていて、前半のAIの部分を前回紹介しました。今回は後半の「リーティング・スキル・テスト」の部分です。 リーティング・スキル・テストの衝撃 新井紀子 「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2) 新井教授は日本数学会の教育委員長として、東ロボがスタートした2011年に大学新入生を対象とした「大学生数学基本調査」を行いました。その結果、問題が解けないのは問題文の意味を理解できていない(=読解力がない)のではという疑問をもちました。そして本格的に中高生を対象とした読解力調査をすることにしました。 リーティング・スキル・テスト(RST。Reading Skill Test)は新井教授が主導して行った世界で初めての調査です。RSTとはどんなテストか、本書にその問題が例示してあります。問題は「係り受け」「照応解決」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の6つのジャンルがあります。それがどういうものか、問題のサンプルを本書から引用します。  係り受け  次の文を読みなさい。 天の川銀河の中心には、太陽の400万倍程度の質量をもつブラックホールがあると推定されている。 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。 …

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No.218 - 農薬と遺伝子組み換え作物

No.102-103「遺伝子組み換え作物のインパクト」で、農薬と遺伝子組み換え作物(=GM作物)の関係について書いたのですが、その続編です。前回は、新たな除草剤の使用がそれに耐性をもつ "スーパー雑草" を生み出す経緯でしたが、そのスーパー雑草に対抗する除草剤の話です。  GMは Genetically Modified(=遺伝子組み替えされた)の略。 農薬とGM作物を使った農業 まず、No.102-103「遺伝子組み換え作物のインパクト」の復習です。アメリカで始まった「農薬と遺伝子組み換え作物(GM作物)をペアにした農業」は次のような経緯をたどってきました。  第1段階:除草剤 "グリホサート" の開発  ◆1970年にアメリカの農薬会社・モンサントは除草に使う "グリホサート" という化学物質を開発し、これを「ランウンドアップ」という商品名で売り出した。 ◆グリホサートは植物の葉に直接散布することによってすべての植物を枯らす効果を発揮する。除草剤というより、強力な "除植物剤" である。 ◆すべての植物を枯らすため、グリホサートが使えるのは作物の芽が出る前である。作物の芽が出る前に生えてきた雑草に対してグリホサートをあたり一面に散布することで雑草を駆除できる。 ◆作物が成長したあとでは「あたり一面に散布」はできない。畑に分け入って人手で雑草を取ったり、他の除草剤を使う必要がある。 この第1段階は、長年にわたって行われて…

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No.172 - 鴻海を見下す人たち

今回は、2016年4月2日に正式決定された「鴻海ホンハイ精密工業のシャープ買収」について書きたいと思います。鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)に関連しては、前に4つの記事を書きました。 No.58アップルはファブレス企業か No.71アップルとフォックスコン No.80アップル製品の原価 No.131アップルとサプライヤー の4つです。これらの記事で "フォックスコン" と書いたは、鴻海精密工業の中国子会社、富士康科技集団の通称です。記事の中心はアップル製品の中国大陸における組立てのことだったので "フォックスコン" としました。しかし最近では「鴻海精密工業」の名前が広がってきたし、特にシャープ買収の報道では "鴻海" の名前が広く報道されました。この記事も以下、鴻海としたいと思います。 この買収劇については、さまざな報道がなされました。特に、この買収をどう見るかについて、企業M&Aの専門家から一般市民の街頭インタビューまで、各種の意見が報道されました。その中で私が一番印象的だったのは、以下に紹介する朝日新聞のコラムです。その内容について感想を書きたいと思います。 鴻海隆隆 シャープ寂寂 2016年3月20日(日)の朝日新聞のコラム、"日曜に想おもう" に「鴻海隆隆 シャープ寂寂」と題したコラムが掲載されました。著者は、朝日新聞の特別編集委員の山中 季広としひろ氏です。大変興味ある内容だったので、以下に引用してみたいと想います。…

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No.138 - フランスの「自由」

2015年1月7日、フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリ本社がテロリストに襲撃される事件が起きました。この後の一連の報道に接する中で、以前の記事 No.42「ふしぎなキリスト教(2)」で書いたフランス革命の話を連想したので、その経緯を書いてみたいと思います。 シャルリー・エブド 2015年1月7日午前11時半ごろ(日本時間、同日19時半頃)フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリの本社に2人のテロリストが乱入して銃を乱射し、編集長、編集関係者、風刺画家、警官の12人が射殺されました。テロリストは「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者・ムハンマドの風刺画を掲載していることに反発したようです。 1月11日、フランス全土で「シャルリー・エブド」への連帯を示すデモ行進が行われ、350万人以上が参加しました。パリでは100万人以上とも言われる規模の行進が行われました。このときの「私はシャルリー」というスローガンは、 ・反テロの決意 ・表現の自由を守る決意 の表明です。この「パリ大行進」では、フランス、イギリス、ドイツの大統領・首相と並んでイスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長が先頭に立ったのが印象的でした。 1月14日に発行された「シャルリー・エブド」は再びムハンマドの風刺画を掲載しましたが、今度はこれに抗議するデモが世界各国のイスラム教国で発生しました。 今回のテロに関しては「アラビア半島のアルカイダ」が犯行声明を出…

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No.107 - 天然・鮮魚・国産への信仰

前回の、No.106「食品偽装と格付けチェック」の続きです。No.106 で朝日新聞の読者アンケート「許せない誤表示・偽装食品ランキング」(2013.12.14)を紹介しまたが、再掲すると以下の通りです。 許せない誤表示・偽装食品ランキング 順位票数表示食品代用食品1位972票伊勢エビロブスター2位902票牛ステーキ牛脂注入肉のステーキ3位791票和牛外国産牛4位678票牛肉牛肉の成型肉5位590票アワビロコ貝6位532票鮮魚解凍魚7位499票国産豚外国産豚8位495票無添加パン添加物入りパン(増粘剤など)9位491票天然の魚養殖魚10位489票フカヒレ人工フカヒレ(春雨などで作る) 朝日新聞(2013.12.14) この中の9位である「養殖魚を天然ものと偽装するのは許せない」とするアンケート結果について考えてみたいと思います。この回答の裏には日本人の「天然もの信仰」があると思われるからです。  なお、以下の文章は「食品偽装という詐欺によって儲けを増やした業者」を擁護するつもりは全くありません。 「天然もの」は自然の収奪 人間の歴史を振り返ってみると、遙か昔は「狩猟採集」で食料を得ていたわけです。No.105「鳥と人間の共生」に書いたように、アフリカ(そして南米など)には、今でも狩猟採集の生活を送っている人々がいます。 約1万年から始まった「農耕」によって、人類はいわゆる文明を発達させ、その後「牧畜や酪農」も進んできました。現代の日本においては…

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No.106 - 食品偽装と格付けチェック

テレビ朝日系の正月番組である「芸能人 格付けチェック」について、以前に2つの記事で取り上げました。  No.31 - ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ No.32 - 芸能人 格付けチェック の2つです。 2013年(の後半)で日本で大きな話題になった事件に、一流ホテルや一流レストラン・料亭での食品偽装がありましたが、この一連の報道で私は「格付けチェック」を思い出してしまいました。「食品偽装」と「格付けチェック」がどう関連しているのか、それを順に説明したいと思います。 食品偽装事件 食品の偽装は、単に謝って済むような話ではありません。特に「一流」と言われるホテル・レストラン・料亭は、商売で一番大事な信用が大きく傷ついた事件です。振り返ってみると、過去には食品偽装で廃業した料亭があったし(2008年。船場吉兆)、雪印食品は2001年の牛肉偽装事件(外国産牛肉を国産と偽って国に買い取らせた事件)で会社の清算に追い込まれました。 今回の2013年の一連の食品偽装では、痛ましい自殺者まで出たと報道されています。 製造委託先の社員自殺  京都吉兆ローストビーフ偽装問題 高級料亭の京都吉兆(京都市)からローストビーフの製造を委託されていた「丹波ワイン」(京都府京丹波町)の食肉加工責任者の男性社員(39)が、岡山県高梁市の山中で首をつって自殺をしていたことがわかった。同社は結着剤で固めたブロック肉を使って製造・販売していたことから、京都…

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No.103 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(2)

前回(No.102)に続いて遺伝子組み換え作物(GM作物)の話ですが、今回は「GM作物の問題点」ないしは「懸念」です。 GM作物による農業構造の変化 GM作物(特に農薬耐性作物)は、農業の構造を大きく変化させると考えられます。このことが、世界的にみると数々の社会問題を引き起こしかねない。 まず、GM作物の種子を研究・開発する会社(モンサント社など)は、 ・商品価値が高く ・生産規模が大きく ・流通量が多く ・国際貿易量も多い 特定の作物にターゲットを絞るはずです。それは企業の売り上げを増やすためには当然の行為であって、この結果が「GM大豆」であり「GMトウモロコシ」です。「GM蕎麦」というのは永遠に出てこないでしょう。そんなものに研究投資をしても損をするだけです。 しかもGM作物は、非GM作物に比べて ・栽培が容易 ・生産コストが安い ・収穫量が多い という特徴を持っています。 これらのことが「特定作物の大規模栽培に農業を誘導する」ことは、容易に予測できます。その方向に進めば進むほど、農業としての「利益」を出しやすくなるからです。もちろん、国によって土地の広さや土質、気象条件、土地利用規制が違うので、進行の程度は違うでしょうが、一般論としてはそうなるはずです。この結果、 ・特定作物への集中 ・連作による土壌の劣化 ・中小農家の経営的破綻 ・土地利用形態の根本的な変化 などが起こる。毎日新聞はアルゼンチンにおけるGM作…

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No.102 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(1)

No.100「ローマのコカ・コーラ」の最後の方に、  食料が企業に独占されると問題になる。その例が遺伝子組み換え作物(GM作物。大豆、とうもろこし、など) との主旨を書きました。今回はその遺伝子組み換え作物について、それがどういうインパクトを社会に与えている(今後与える)のかを書いてみたいと思います。以下、「遺伝子組み換え」という意味で、GM作物、GM大豆、GM食品(=GM作物を原料とする食品)などと記述します。GMは、genetically modificated(遺伝的に改変された)の略です。 GM作物の現状 GM作物は「アメリカ発」の農産物なのですが、我々日本人にとって無関心ではいられません。というのも、一人当たりのGM食品摂取量が一番多いのは日本人だと考えられているからです。東京大学大学院の鈴木宣弘教授が書いた『食の戦争』(文春新書。2013)から引用します(下線は原文にはありません)。 鈴木宣弘『食の戦争』 (文春新書 2013) アメリカの農務省高官(USDA)も語ったように、今では日本人の1人当たりのGM食品消費量は世界一と言われている。日本はトウモロコシの9割、大豆の8割、小麦の6割をアメリカからの輸入に頼っている。 GM作物の種子のシェア90%を握る多国籍企業モンサント社の日本法人・日本モンサントのホームページの解説によると、日本は毎年、穀物(トウモロコシなど粗粒穀物や小麦)、油糧作物(大豆、ナタネなど)を合計で約3100万ト…

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No.101 - インドのボトル・ウォーター

前回の No.100「ローマのコカ・コーラ」の続きです。コカ・コーラ社については強く覚えているテレビ番組があります。それは、2001年10月7日の「NHKスペシャル」で放映された「ウォーター・ビジネス」です。この中でNHKは、コカ・コーラ社がボトル・ウォーターのビジネスでインドに進出する過程を取材し、放映しました。以下その内容を紹介しますが、あくまで2001年時点でのインドの状況です。 インドの水道事情 このドキュメンタリー番組では、まずインドの水道事情が紹介されます。そもそもインドの水道普及率は少なく、正確には覚えていませんが、確か30%とかそういう数字だったと思います。 水道が施設されている大都市でも、朝夕の30分しか水が出ないことがあったり、また1週間全く水が出ないこともある。水質も劣っていて、水道水から大腸菌が検出されたりする。特に統一的な水質基準はないようです。 水道がない地域では、週1回来るか来ないかの水道局の給水車に頼るしかない。それもなければ、井戸の水か、川の水を飲むしかない。大変に不衛生なわけです。 インドのボトル・ウォーター事情 このような水道事情により、インドでは必然的にボトル・ウォーターのビジネスが盛んです。インドのボトル・ウォーター業者は数千社あります。値段は決して安くないのですが、ボトル・ウォーターは衛生的に見えるので、どんどん売れます。 しかし、ボトルの洗浄が不十分だったり、蜘蛛の巣が張っているような不衛生な工場もある。中には…

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No.100 - ローマのコカ・コーラ

No.7「ローマのレストランでの驚き」で、ローマのテルミニ駅の近くのレストランで見たテレビ番組の話を書きました。素人しろうと隠し芸勝ち抜き戦(敗者が水槽に落ちる!)に、オペラ『ノルマ』のソプラノのアリアを歌う男性が出てきて驚いたという話でした。 この時のローマ滞在で、もう一つ驚いたというか「印象に残った」ことがあったのでそれを書きます。  No.7 は3年前に書いた記事ですが、なぜそれを思い出したかと言うと、最近、ウッディ・アレン監督の『ローマでアモーレ』を見たからです。この映画では、葬儀屋の男が実は美声の持ち主という設定があり、家でシャワーを浴びながらオペラのアリアを歌うシーンが出てきます。ただし、以下の話はオペラとは全く無関係です。 テルミニ駅の近くのホテル ローマに着いた当日のことです。テルミニ駅の近くのホテル(日本人もよく泊まる、わりと有名なホテル)に到着したのは夜の9時ごろだったので、食事はそのホテルのレストランでとることにしました。そのホテルのレストランで目にした光景です。 私たち夫婦のテーブルの近くに、明らかにアメリカ人だと分かる夫婦がいました。その夫婦がコカ・コーラを飲みながら食事をしてたのです。誰でも知っている例の「コカ・コーラの瓶」がテーブルに置いてあったのですぐに分かりました。 この光景に少々「違和感」を抱きました。それはまず「観光でイタリアのホテルに来てまでコカ・コーラを注文しなくてもよいのに」という率直な感じです。 違和…

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No.92 - コーヒーは健康に悪い?

No.83-84「社会調査のウソ」で、主に谷岡一郎著『「社会調査」のウソ』に従って、社会調査が陥りやすい誤りのパターンを紹介しました。今回はその補足です。 新聞報道 先日、コーヒーと死亡リスクについての記事が朝日新聞に掲載されていました。 コーヒー1日4杯、死亡リスク高め  - 55歳未満 男性1.5倍、女性2.1倍  - 米研究チーム 4万人調査 毎日4杯以上のコーヒーを飲む55歳未満の人は、飲まない人に比べ、死亡率が高いとする疫学調査結果を、米サウスカロライナ大などが米医学誌に発表した。研究チームは「若い人はコーヒーを毎日3杯までに」と注意を呼びかけている。 チームが、米国の約4万4千人にコーヒーを飲む習慣を書面で尋ね、その後17年ほど死亡記録などを調べた。その結果、55歳未満に限ると週に28杯以上コーヒーを飲む人の死亡率は、男性では1.5倍、女性では2.1倍になっていた。55歳以上では変化はなかった。 コーヒーは世界で最もよく飲まれている飲み物の一つだが健康影響はよくわかっていない。 世界保健機構(WHO)の国際がん研究機構は1991年、膀胱(ぼうこう)がんについてコーヒーを「発がんの可能性がある」物質に分類。含まれるカフェインが心臓に負担をかけるとの見方もある。 一方で、米国立保健研究所(NIH)などは昨年、50~71歳の男女40万人対象の疫学調査で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の死亡率が1割ほど低いとの結果を発表…

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No.84 - 社会調査のウソ(2)

前回の No.83「社会調査のウソ(1)」からの続きで、『「社会調査」のウソ』(文春新書。2000。以下「本書」)の事例に従って、社会調査の要注意点をとりあげます。ここからは社会調査の回答そのものにバイアス(偏向)がかかっていて、実態を表していない例です。 人は忘れるし、ウソをつく 社会調査の要注意点のひとつは、回答そのものの信頼性です。「本書」に次のような例が載っています。 1995年4月9日の大阪府知事選挙の得票は、  横山ノック 1,625,256 票  (山田勇 無新)  平野拓也  1,147,416 票  (無新。自新社さ公・推薦) でした。ところが府知事選の1年後の1996年4月に読売新聞が行った横山知事の評価アンケートにおいて「昨年4月の知事選挙では誰に投票しましたか」という質問の答えは、  横山ノック  43.1%  平野拓也    9.5% なのです(読売新聞 1996.4.20)。あきらかに多くの人が嘘をついていることになります。 但しこれは知事選挙の1年後の調査なので、記憶の問題かもしれません。忘れてしまったということもありうる。しかし、明らかに嘘をついていると分かる調査もあります。 1年前のことであれば、中には本当に忘れたり、勘違いする人もいるかもしれない。し…

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No.83 - 社会調査のウソ(1)

No.81「2人に1人が買春」で新聞報道の問題点(要注意点)を書いたのですが、これはまた「社会調査」の問題点(要注意点)でもあると言えます。「2人に1人が買春」の例では、12.5% という低い回答率で全体を推し測ることは全く出来ないのです。今回は「社会調査は要注意である」という視点で書いてみたいと思います。 まず一つの記事を取り上げます。今回もNo.81に引き続いて少々昔の読売新聞の記事ですが、たまたまそうなっただけであって、読売新聞に問題記事が多いとか、そういうことを言うつもりは全くありません。No.81と違って今回は、れっきとした政党組織による「社会調査」です。 愛知では半数が痴漢の被害 2001年3月22日の読売新聞に「愛知の10-30代、半数が痴漢被害」という見出しの記事が掲載されました。その記事の全文を引用します。 愛知の10-30代、半数が痴漢被害  - 1万人街頭アンケート  - トップは地下鉄  - 公明党青年局調査 愛知県では、十-三十代の女性の二人に一人が痴漢被害に遭っている    。公明党愛知県青年局が痴漢被害を女性に尋ねたところ、こんな結果が出た。 調査は女性党員による対面アンケートの形で県内の街頭八か所で今月実施し、約一万一千人から回答が得られた。その結果、全体の46%が「痴漢に遭った」と回答。被害の場所は「交通機関」が六割以上を占めた。交通機関の内訳は、地下鉄が41%、私鉄3…

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No.82 - 新聞という商品

(前回から続く) No.81「2人に1人が買春」からの続きです。前回に書いた「新聞は商品である」という視点から、もうすこし続けてみたいと思います。 警鐘に商品価値 No.81「2人に1人が買春」で、新聞記事では「警告・警鐘に商品価値がある」という主旨のことを書きました。その警告・警鐘が的を射たものかどうかにかかわらず、とにかく警告・警鐘であることに価値があるという主旨です。その例を何点かあげます。  児童の体力が低下したという記事  文部科学省は小学生・中学生(計 40万人)の運動能力測定を毎年行って公表しているのですが、これをもとに「児童の体力が低下したという記事」が掲載されることがしばしばあります。本当にそうでしょうか。 文部科学省のホームページに公開されている運動能力測定の結果(全国体力、運動能力、運動習慣等調査)を表にしてみたのが次です。比較可能な最も古いデータがある1985年度と、2010年度、2012年度の結果です。2011年度は東日本大震災で中止されました。表で赤く色をつけたのは「1985年度平均を上回った生徒の割合が40%未満だった種目」です。また青色をつけたのは「1985年度平均を上回った生徒の割合が50%以上だった種目」です。 学年種目1985年2010年2012年平均平均85年平均以上の 生徒の割合平均85年平均以上の 生徒の割合小学5年生握力男18.35kg16.91kg37.4%16.71kg35.2%女16.93kg…

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No.81 - 2人に1人が買春

No.48「日の丸起立問題について」で、満州事変以降の新聞による戦争への誘導報道について書きました。 関東軍が満州事変を引き起こすと(1931)、大新聞は関東軍擁護・支那批判の論陣を張りました。満州での日本の行動を非難した国際連盟の調査団の結果が出ると、大新聞だけでなく全国の新聞社132社が共同宣言を出し、満州国設立の妥当性と国際連盟批判のアピールをします(1932)。日本が国際連盟を脱退して世界の「孤児」になったのは、その翌年(1933)です。 No.48「日の丸起立問題について」 歴史を調べてみると、満州事変以前は新聞もすいぶん軍部を批判する記事を掲載していました。この「軍部批判」とその後の「戦争誘導報道」には共通点があるというのが、No.48 に書いたことです。整理すると、 ◆満州事変の以前は、新聞もすいぶん日本の軍部を批判する記事を掲載していた。◆しかし満州事変が起きると軍部を擁護し、共同宣言まで出して、むしろ軍部の先をゆく報道をした。◆軍部批判と軍部擁護には明らかな共通点がある。それは「国民にウケる記事」という共通点である。軍部は横暴だ、軍人はえらそうにしていると苦々しく思っている人が多い時には軍部批判がウケる。日本はもっと中国大陸に進出しようと思っている人が多いときには軍部擁護がウケる。 ということでした。 現代の新聞はもちろん戦争誘導をしているわけではありません。新聞は(ほとんどの場合)事実を正確に報道しているし、社会の不正や歪みを明らかにしている。オ…

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No.48 - 日の丸起立問題について

前回の、No.47「最後の授業・最初の授業」で、アメリカの公立学校で毎日、国旗に向かって唱えられている「忠誠の誓い」(The Pledge of Allegiance)について書きました。国によっていろいろと事情が違うのはあたりまえですが、感じるのはアメリカと日本の差異です。そこで日本の国旗に関する話を書いてみようと思います。No.37「富士山型の愛国心」で、以下のように日章旗(日の丸)に触れました。 「日の丸」が制定されたのは1870年で、現在まで約140年がたっています。この間、不幸なことに日章旗が国民を戦争に動員する道具のように使われたことがあったわけですね。それはざっと言うと、昭和に入ってからの約20年間です。この期間のことを指摘して、現在も「日の丸のもとに死んでいった人のことを思うと、国旗に起立はできない、それは思想と信条の問題」と言う人がいます。 思想・信条は個人の自由ですが、「日の丸が国民を戦争に動員する道具」だった時代は、日の丸の歴史の中では7分の1以下のごく短い期間なのですね。戦争体験者ならともかく、65年前に終わった短い期間のことに縛られて現在も行動するのは、建設的な態度だとは言えないと思います。思想・信条は個人の自由ですが・・・・・・。 今回はその補足です。国旗掲揚に対して起立しなかったため組織から処分を受け、それが裁判になっている件を取り上げます。 日の丸訴訟 2012年1月16日に最高裁判所で「日の丸訴訟」の一つに対する判決がありました。この訴訟…

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No.32 - 芸能人格付けチェック

(前回から続く)前回の No.31「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」では、 赤ワイン → 特徴が際立った味 → 高級食材 → 芸能人格付けチェック という連想で書いたのですが、今回はその「芸能人格付けチェック」というTV番組(テレビ朝日。現在は正月番組)そのものを考えてみたいと思います。 「芸能人格付けチェック」はどういう番組か 前回に書いた「隠岐牛とスーパーの牛肉」もそうなのですが、この番組を何回か見て思うのは、番組が表向きの装い(表層)と、隠された裏の意味(深層)を持っていることです。もちろん「芸能人の高級品判別能力をテストする番組」というのは全くのタテマエであって、出演者も司会者も視聴者も、そんな単純なことだとは思っていない。 出演者・司会者・視聴者の全員が思っている、この番組の「表層」は次のようなものです。 セレブな芸能人、つまり数々の高級品を知っているはずの芸能人が、当然分かってしかるべき高級品と普通品の区別がつかないことを暴露してしまい、それを見た視聴者が「なんだ、大したことがないね、あの芸能人は」と感じて、爽快感を得るバラエティ番組。 このような番組であるかのように装っている。その「装い」を確かなものにするための仕掛けが、番組ではいっぱい用意されています。もちろん中には、ことごとく正解を出すような「真の」セレブもいます。そういう人は惜しみなく賞賛される。しかしことごとく正解を出す芸能人が多数だと番組が成り立たなくな…

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No.30 - 富士山と世界遺産

No.18「ブルーの世界」で、プルシアン・ブルーを使った葛飾北斎の「富嶽三十六景」の中の「凱風快晴」をとりあげました。そこからの連想なのですが、画題としての富士山、富士山を愛する日本人の心、および富士山を世界遺産へ登録する運動について書いてみたいと思います。富士山と日本文化 富士山ほど絵画にしばしば取り上げられてきたテーマはないと思います。江戸時代における富士山の版画の連作は北斎だけではありません。安藤(歌川)広重も「富士三十六景」「不二三十六景」「富士見百図」などの連作を書いています。また明治以降も数々の日本画家、洋画家が富士山を描いてきました。 これらの中から一つだけ印象的な絵を日本画の中から取り上げると、2008年に東京国立博物館で「対決 - 巨匠たちの美術」という展覧会がありました。ここで並べて展示してあったのが富岡鉄斎と横山大観の作品です。富士山が芸術家に呼び起こすイメージの多様さに驚きます。 富岡鉄斎:富士山図屏風(兵庫県 清荒神清澄寺) [site : asahi.com] 横山大観:雲中富士山図屏風(東京国立博物館) [site : asahi.com] 代表作(の一つ)が富士山の絵である画家は多いし(大観、梅原龍三郎など)、ほとんど富士だけを一生描き続けた画家もいます。富士の絵だけの展覧会も開催されています。 絵画だけでなく、写真撮影のモチーフとして最も取り上げられるのも富士山ではないでしょうか。絵画と同じように、富士山だけを撮ってい…

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