そのウナギですが、最近の日経サイエンス(2019年8月号)に完全養殖の商用化についての現状がレポートされていました。そこで、これを機会に魚介類の「天然・養殖」についてもう一度振り返り、日経サイエンスの記事からウナギの商用・完全養殖の状況を紹介したいと思います。
「天然信仰」からの脱却
No.107で書いたように、世間一般には「素朴な天然信仰」があり、まずそこから脱却する必要があるでしょう。そもそも魚介類について「天然もの」の方が「養殖もの」よりおいしいとか、品質が良いと決めつけるのがおかしいわけです。一つの例として No.107 でミシュランの3つ星店「すきやばし次郎」の小野二郎氏(現代の名工)の発言を紹介しました。次のような要旨でした。
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「すきやばし次郎」は、一部の例外や入手困難なネタを除いて、天然ものを使うのが基本で、それは立派な見識です。しかし上の要旨にあるように、シマアジに関しては天然と養殖で客の好みが分かれるのですね。「すきやばし次郎」に通う客は相当な食通のはずですが、その人たちの意見が分かれているということです。またクルマエビについては小野氏自身が養殖が勝っていると認めています。「ミシュランの3つ星店基準」で判断しても「天然ものにひけをとらない養殖の鮨ネタ」があることを、まず覚えておくべきでしょう。
さらに「普通のレストラン基準」ないしは「家庭料理基準」では、天然ものと養殖ものはほとんど変わらないというのが大多数だと思います。それに一般的に言って、料理は素材だけでは決まりません。「素材 + 調理技術」が料理です。さらに長い目で見ると、品種改良と養殖技術の発展で、そのうちに養殖ものの方がおいしくなるのは目に見えています。ちょうど野生の動物や穀類・果物より、飼育された牛・豚、農業で作った米やフルーツの方が美味しいようにです。
天然の魚介類は「すきやばし次郎」のような店にこそ回すべきであり、我々としては「素朴な天然信仰」から脱却して、天然と養殖があれば養殖を選ぶぐらいの見識を持つべきでしょう。その大きな理由は、天然ものの魚介類は「自然の収奪」であることに違いはなく、資源量によほど注意して漁獲を行わないと、ウナギのように絶滅の危機に瀕するからです。
人類最後の狩猟採集:漁業
現生人類であるホモ・サピエンスが誕生してからでも20万年程度、2足歩行する初期人類(猿人)の誕生から数えると500万年程度たっています。この間、人類は狩猟・採集で生きてきました。現代でもアフリカや南米には狩猟・採集民がいます(No.221「なぜ痩せられないのか」で書いたハッザ族など)。
しかし1万年ほど前に農業が始まり、定住化が進み、これが文明の始まりになったとは、我々が世界史の最初で習うところです。またその後に牧畜や遊牧も始まった。つまり「狩猟・採集から脱却」によって今の人類の文明が存在するわけです。ところが、現代に残った最後の狩猟・採集が(養殖ではない)漁業です。
もちろん、漁業以外の狩猟・採集がないわけではありません。人工栽培ができない高価格野菜、日本の松茸や欧州のトリュフなどは、その採集を生業としている人がいます。しかしこれは野菜のごく一部です。山菜を採集する人もたくさんいますが、これは趣味か、せいぜい副業の部類でしょう。
野生動物で言うと、イノシシや鹿を狩った一部が食肉として出回っていますが、これも副業です。ハンターが少なくなったから鹿の食害が増えて困っているという話も聞きます。ヨーロッパでは、パリのマルシェなどに行くと野生動物がそのまま売られています。いわゆるジビエですが、これは「ご馳走」のたぐいであり、その狩猟で生活している人は少ないでしょう。以上のように考えると、現代のスーパーマーケットに並んでいる商品で狩猟採集で得られたものは、天然ものの魚介類だけということになります。
なぜ人類最後の狩猟・採集としての漁業が残っているのかというと、現代においても産業として成立するほど、漁業の生産性が高いからです(No.232「定住生活という革命」参照)。しかし生産性が高いということは裏を返すと、狩猟・採集の対象となる動植物の絶滅を招きかねないという地球環境上のリスクがあるわけです。
人類史をひもとくと、ユーラシア大陸や南北アメリカに生息していた数々の大型哺乳類(マンモス、サーベルタイガー、・・・・・・)が絶滅したのは人類の狩猟によるものという学説が有力です(No.127「捕食者なき世界(2)」の「大型捕食動物はヒトが絶滅させた」の項)。また歴史上の出来事をみても、地中海や大西洋にいた鯨は絶滅しました(No.20「鯨と人間(1)」)。幕末にペリー提督が日本にやってきて開国を迫った理由の一つがアメリカの捕鯨船の補給だったというのは有名な話ですが、なぜ大西洋沿岸のボストン付近の捕鯨船が日本近海にまでやってきたかというと、大西洋に(鯨油生産が産業として成立する程度の)鯨がいなくなったからです。
そして、このような大型哺乳類だけでなく、魚介類にも人間の乱獲で絶滅危惧種になってしまったものがあるのです。その中で、我々日本人に最も広くなじみがあるのがウナギです。
養殖の発展
現代人にとっての本来の漁業の姿は養殖であり、魚介類の絶滅を回避するためにも養殖が重要です。そして現代では数々の魚介類の養殖が進んでいて、ブリ類(ハマチなど)、タイ、マス、フグ、ヒラメ、シマアジ、牡蠣、ホタテ、クルマエビなどがすぐに思いつきます。クロマグロ(本マグロ)も養殖されるようになりました。
先日、NHKの情報番組を見ていたら、サバの養殖の研究のレポートをやっていました。サバの養殖のネックは、稚魚の攻撃性が強く、共食いをすることだそうです。稚魚の生存率は10%程度と言います。そこでゲノム編集技術を使って攻撃性を押さえるように遺伝子を改変すると、稚魚の生存率が40%に向上したそうです。こういった最新のバイオ・テクノロジーも養殖技術に使われ始めています。
もちろん養殖は、そのコストに見合う "高級魚" でないと成り立たないわけです。サンマやイワシを養殖しようとする人はいません。
もっとも近年はサンマの水揚げ量が激減し、日本政府は国際的な漁獲量の上限設定に動いています。そのうちサンマも値段が高騰し、養殖が見合うようになるのかもしれません。
そして本題のウナギですが、ウナギは "高級魚" であり、養殖にうってつけのはずです。しかしウナギの "養殖" といわれるものは、ウナギの稚魚である天然シラスウナギを捕獲し、それを養殖池で成魚に育てる「蓄養」です。これは本来の意味での養殖ではありません。そのシラスウナギの漁獲量が最近激減しています。
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シラスウナギの漁獲量の激減は、この10~15年の現象です。ちなみに「シラスウナギの価格は、1キロあたり219万円」とありますが、シラスウナギの1匹の重さは0.2グラム程度なので、シラスウナギ1匹の価格は概算440円ということになります。
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シラスウナギ |
日経BP社「未来コトハジメ」のサイトより |
2014年6月、国際自然保護連合(IUCN)はニホンウナギを絶滅危惧種に指定しました(ヨーロッパウナギは2008年に絶滅危惧種に指定)。一刻も早く、蓄養ではない本来の意味での養殖(=完全養殖)の商用化をする必要があるのですが、まだ成功していません。その大きな理由は、自然界におけるウナギの生活史が極めて特異だからです。
ウナギの生活史
ニホンウナギの産卵地がどこかは長いあいだ分からなかったのですが、1991年に日本の水産関係者によってその場所が特定されました。グアム島の北西、西マリアナ海嶺(=海中の山脈)の南部で、孵化したニホンウナギの幼生であるレプトセファルスが採取されたからです。
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レプトセファルス |
日経BP社「未来コトハジメ」のサイトより |
レプトとはラテン語で「薄っぺらい、小さな」という意味で、セファルスは「~の頭をした」ということなので、「薄い頭」「小さな頭」という意味になります。「葉形幼生」という日本語もあります。
さらに2009年には同一海域でニホンウナギの親魚と卵が採取され、産卵地が確定しました。その付近の海底地形図が以下の図です。
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フィリピン海プレートの中央部から東部の海底地形図。 |
「旅するウナギ」(東海大学出版会。2011)より |
フィリピン海プレートの東南にはグアム島があり、プレートの北は日本列島の手前まで続く。この図の左上に日本列島が書いてあるが、東南海地震を引き起こしたり、伊豆半島を本州に押しつけるているのはフィリピン海プレートである。 グアム島の南には世界最深のマリアナ海溝(約11,000m)があり、北西部には西マリアナ海嶺(=海底の山脈)が連なる。西マリアナ海領に「パスファインダー」「アラカネ」「スルガ」の3つの白丸が付けてあるが、これらはいずれも海山(=海中の山)である。ニホンウナギの産卵地は、この3つの海山から西マリアナ海嶺の南端にかけてのエリアにある。産卵地は10km四方程度の極めて狭いエリアのようだが、年によって変動する。このあたりは、東京から直線距離で約2500km離れている。 |
西マリアナ海嶺の南端で生まれたレプトセファルスは西向きの北赤道海流に漂ってフィリピン沖へ向かいます。柳の葉のような独特の形は漂うのに都合のよい形です。そしてフィリピン沖で黒潮に乗りかえます(黒潮に乗れなかったものは死滅)。約6cmに成長したレプトセファルスは、2~3週間でシラスウナギに変態します。
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シラスウナギへの変態 |
虫明敬一他「うなぎ・謎の生物」 (築地書館 2012)より |
人工飼育されたレプトセファルスがシラスウナギに変態していく様子。この図の矢印は背ビレの始まりの位置、三角は肛門の位置である。数字は孵化後の日数を表す。孵化後1年以上でシラスウナギになっているが、日経サイエンス(2019.8)によると、現在(2019年)の人工飼育では300日程度でシラスウナギになる。しかし自然界では130日~150日程度であり、人工飼育の技術開発はまだ発展途上にある。 |
その黒潮に乗ったシラスウナギは日本列島(を含む東アジア)の河口に到着します。西マリアナ海嶺南部で孵化してから日本の河口に到達するまでは約半年です。関東地方の河川だと、産卵場から5000km程度の旅になります。シラスウナギは河川を遡上し(海や汽水域に残る個体もある)定着生活を始め、そこで成魚になります。
オスは数年間、メス約10年間の淡水生活をした後、ウナギは川を下り(=下りウナギ)、海に出て、西マリアナ海嶺の産卵場に向かいます。そして雌雄のウナギが産卵場で落ち合って産卵・受精します。
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ウナギの生活史 |
日経サイエンス(2019.8) |
上図には日本から産卵場のルートが単純な直線で描かれていますが、これはどいういう経路で産卵場にたどりつくのかが不明だからです。日本付近から西マリアナ海嶺の南端までに黒潮のような海流があるわけではありません。しかし川から海に出て産卵の旅についたウナギは、2500km離れた極めて狭いエリアに集結し、オスとメスが出会って産卵・受精します。いったいどうやってこんなことができるのかは不明です。ウナギはまだ「謎の魚」なのです。
なお、ニホンウナギという学名が付いているために日本固有種と思いがちですが、そうではありません。東アジアのウナギはすべてニホンウナギであり、その産卵地は西マリアナ海嶺南端の海中です。遺伝的には同一の種です。
ウナギの完全養殖
実は、2010年にウナギの完全養殖が達成されました(現在の、国立・水産研究教育機構 増養殖研究所)。完全養殖とは下の図のように、卵 → 人工シラスウナギ → 人工成魚 → 卵 というサイクルを回すことです。
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ウナギの完全養殖 |
水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」(2016.7)より |
シラスウナギを成魚にする蓄養は明治時代以来の歴史があり、技術が確立されています。問題は受精卵から孵化したレプトセフェルスをシラスウナギに育てる部分で、完全養殖ができたということはこれに成功したわけです。
しかし2010年に成功した完全養殖は水産試験場での成功であり、それがすぐに商用になるわけではありません。つまり製造業における「試作」と「量産」の違いのようなものです。新型車を開発するときに2年の歳月をかけて数10台の試作車を1台あたり数千万円の費用をかけて作る「試作」と、数百万円の販売価格に見合うコストで毎日数百~数千台のクルマを作る「量産」は違います。量産のためには、量産するための技術開発が必要です。
同じように、シラスウナギの量産が可能な技術開発できて始めて、ウナギの商用・完全養殖が実現するのです。その商用・完全養殖の研究現場のルポを次に紹介します。
ウナギの絶滅は回避できるか
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その後、2013年からシラスウナギの量産の研究を進めています。あまたの試行錯誤を繰り返した結果、ようやく年間数千匹のシラスウナギが育つようになったとのことです。その難しさはどこにあるのでしょうか。
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ウナギ種苗量産研究センターで人工飼育されているレプトセファルス。体長は1cm~6cm程度である。 |
サイエンス(2019年8月号) |
レプトセファルスは、
自分ではエサを探そうとしない | |
水が濁ると死んでしまう | |
自然界では数十万分の1の生存率 |
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人工飼育しているレプトセファルスに給餌している様子。ピーナッツ型水槽は交互に使用する。 |
サイエンス(2019年8月号) |
エサは液体状をしていて、水を清潔に保つために数々の工夫や試行錯誤がされているようです。スポイトを使った人手による給餌ではコストがかかることが目に見えていますが、最適なやりかたを探るための過程なのでしょう。
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この引用中に、従来の餌の主体が「アブラツノザメと呼ぶサメの卵の粉末」という箇所があります。なぜこのような "特殊な" 餌なのかと言うと、2010年に完全養殖に成功するまでの過程で数々の試行錯誤の結果、この餌が最適となったからです。しかし量産のためには別の餌を探す必要がある。それはまだ完全には見つかっていないようです。
ただし、ウナギの完全養殖に使う餌の種類と配合方法は "国家レベルの機密事項" だと、どこかで読んだ記憶があります。オープンにできない話も多いのだと想像します。
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初めの方で引用した朝日新聞(2019.7.27 夕刊)の記事から計算すると、天然シラスウナギ1匹の最新の価格は概算で440円程度でした。それと比べて、人工シラスウナギは現状で10倍以上の価格ということになります。
また「日本全体で養殖のために必要なシラスウナギの量は年間で1億匹ともいわれる」とありますが、日経BP社「未来コトハジメ」のサイトによると、2006年から2018年のシラスウナギの池入量(養殖池に投入した重量)の平均は21.2トンだそうです。これを20トンとしてシラスウナギ1匹を0.2gとすると、1億匹という計算になります。「ウナギ種苗量産研究センター」で "量産" できるのは年間数千匹と書かれているので、必要量からすると1万分の1以下ということになります。
根幹は「コスト」でしょう。天然シラスウナギの価格に対抗できるコストで人工シラスウナギの量産が可能になったとすると、全国の企業が「商用・完全養殖」に向けた投資をするはずであり、生産量はグッと増えると考えられます。しかし、コストダウンのために大量生産を狙って、例えば水槽を大型化しようとしてもそう簡単ではないようです。
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製造業と違って生き物が相手の量産は、その試行錯誤のプロセスも長い時間がかかることが分かります。
高次捕食者としてのウナギ
仮にウナギの商用・完全養殖が可能になったとします。そうするとシラスウナギの漁獲量が減少し、天然ウナギの絶滅が回避できそうに見えます。しかしさらに問題があって、それは天然ウナギが生涯の大半を過ごす河川の環境です。つまりこの数十年で国内の河川には堰やダムなどの構造物が増え、ウナギがこのような構造物を超えられず、生育環境が減少していると考えられるのです。この減少がシラスウナギの漁獲量の激減の一因になっていると推測されています。
つまり、ウナギを守るためには天然シラスウナギの漁獲量を減らすと同時に、ウナギの生育環境を守る必要があります。この生育環境について日経サイエンスのルポの最後に気になる話が書いてありました。ウナギは河川の生態系における「高次捕食者」という話です。
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No.126-127「捕食者なき世界」で書いたように、生態系ピラミッドの頂点や上位にいる捕食者が絶滅すると、生態系のバランスがくずれ、それはピラミッドの土台を支える多くの生物の絶滅を引き起こしかねません。ウナギの絶滅を回避するということは、単にウナギだけの問題ではなく、河川の生態系全体の問題でもあるようです。
 補記1:農薬がウナギの生育環境を狭める  |
本文の最後の方で天然シラスウナギの漁獲量の激減の理由について、
シラスウナギの乱獲 | |
ウナギの生育環境の減少(河川の堰やダムなどの構造物の増加) |
の2つの理由を挙げました。この「ウナギの生育環境」についてですが、日本経済新聞に農薬の影響によるウナギの減少の記事が掲載されました。島根県の宍道湖の天然ウナギの話ですが、それを紹介したいと思います。
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記事にある「ネオニコチノイド系の農薬」の特長は
昆虫に対して選択的に強い毒性を発揮する。 | |
植物体への浸透移行性をもち、葉や茎、実だけでなく、花粉や蜜にまで移行する。それが長期間(数ヶ月)残存する。 | |
人を含む哺乳類や鳥類、爬虫類には影響がない(とされている)。 |
数年前から世界各地で起こっているミツバチの大量死は「ネオニコチノイド系の農薬」が原因だとの疑いをもたれているのですが、②の性質があるからなのですね。養蜂や、蜂に受粉を依存している農業にとっては死活問題です。EUはとっくに規制をしているし、禁止も始まっているようです。この記事のポイントは、ミツバチだけでなくウナギやワカサギも、というところです。
これは宍道湖だけでなく、日本の河川のどこでも起こり得る話だと思います。このブログ記事の本文の最後に「ウナギは高次捕食者」と書きました。高次捕食者のウナギは、昆虫類(ミジンコのような節足動物を含む)だけでなく、小魚やミミズもエサとします。だから、かろうじて絶滅を免れているということでしょう。この話で思い出すのは日本の朱鷺の絶滅です。その原因の一つは、農薬の影響で朱鷺の生息域でエサになる魚類や昆虫がいなくなったから、と言われています。それと同じパターンです。
農薬は、守るべき植物(上の記事では稲)に対する害虫を選択的に死滅させるというのならまだしも、「ネオニコチノイド系の農薬」のように「すべての昆虫の神経系に作用する」のでは環境への影響が深刻になります。環境全体へのアセスメントなしに農薬を開発して認可するのでは何が起きるかわからないという、見本のような話だと思いました。
(2019.11.18)
補記2:完全養殖ウナギの試食会 |
鹿児島市の医薬品開発受託会社である(株)新日本科学は、数年前からウナギの完全養殖に取り組んでいて、先日、養殖したウナギの試食会が開催されました。そのニュースを引用します。
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(2023.2.1)
補記3:完全養殖のコスト削減 |
2024年7月4日、水産庁の水産研究教育機構がウナギの完全養殖の最新状況を発表しました。発表の最大のポイントはコストです。日本経済新聞の記事を引用します。
ウナギ稚魚、人工的に量産 水産庁が新技術、コスト低減 天然資源に依存していたニホンウナギの稚魚を人工的に大量生産する技術を、水産庁の研究機関が4日発表した。人工稚魚の生産コストは2016年度時点で1匹4万円以上していたのに対し、生産効率を高めて1800円まで下げた。今後、都道府県や民間企業へ技術を普及し、量産化を目指す。 水産庁の研究機関、水産研究・教育機構(横浜市)を中心とする研究グループが大量生産システムを構築した。成熟させた母ウナギから毎週200万粒程度の受精卵を安定的に採取することに成功。水槽で幼生のウナギ(レプトセファルス)をふ化させ、シラスウナギと呼ばれる稚魚の大きさまで成長させる。 幼生の期間は、死亡リスクが高い。遺伝的に早く成長する稚魚を選抜し、鶏卵や脱脂粉乳など身近な原料で育てることにも成功した。独自開発した餌は特許出願中だ。専用の自動給餌装置や大型の量産用の水槽も開発。安定生産と効率化を進めコストを下げた。 日本の食卓に上がるウナギは天然の稚魚を採捕し、養殖場で育てたもの。資源は減少しており、現在天然稚魚は1匹500~600円ほどで取引される。同機構の風藤行紀シラスウナギ生産部長は「人工稚魚で1匹1000円を切ることを目標にしている」と話す。 水産庁増殖推進部研究指導課の長谷川裕康課長は「商業化にむけた道筋がみえてきた」と期待する。この技術を養殖に関心のある自治体や企業に提供し、制度面も含めて環境を整える。ウナギは生態に謎が多く、人工稚魚の大量生産は養殖業界で最難関と位置づけられていた。 日本経済新聞(2024.7.5) |
記事に「遺伝的に早く成長する稚魚を選抜し」とあるところに注目したいと思います。天然と養殖の最大の違いは、養殖は品種改良が可能ということです。水産庁はこれも利用してコストを下げたようです。
一匹1800円ということは、天然物の現在の市場価格の3倍程度ということになりますが、天然物の漁獲量がさらに激減することも十分考えられます。もし天然物が一匹1000円を越えるというような事態になれば、"水産庁ウナギ" の競争力はかなり出てくることになります。
さらに、この日経の記事にはありませんが朝日新聞によると、"水産庁ウナギ" は現状でも年間4~5万匹の生産が可能なようです。国内のウナギの消費量は約1億匹なので、もし仮に全ての稚魚が成魚になったとすれば、年間消費量の半分を現状でもまかなえることになります。
商用・完全養殖にかなり近づいてきたようです。
(2024.7.5)