◆ | 植物は昆虫や動物から守るため、毒素をもつように進化してきた。 | ||
◆ | これらの毒素のなかには人間にとって "ホルミシス" を起こすものがある。ホルミシスとは、少量を摂取すると有益だが、多量に摂取ると有毒になる現象を言う。 | ||
◆ | ホルミシスを起こす毒素を少量摂取すると、人間の体はそれを排除しようとして活性化する。これが人体にとって有益となる。 | ||
◆ | ホルミシスの一つの例だが、カレーの香辛料の一つであるターメリックに含まれるクルクミン(黄色の物質)は、脳において活性酸素を除去する抗酸化酵素の生産を促進するように働く。これがアルツハイマー病の直接原因であるベータアミロイドの蓄積を減少させる。 |
ターメリックに関して思い出しましたが、よく「インド人には認知症が少ない」と言いますよね。これは疫学的にも確かなようです。これもホルミシスの効果かも、と思ったりします。
しかしホルミシスの原因物質は「微量だと益になる」わけで、毒素であることには変わりありません。薬か毒かは一つの物質の表と裏です。そしてそれは植物が敵(昆虫や動物)を撃退するために発達せた "毒" が本来の姿なのです。
この「植物に含まれる毒」に関して、意外にも身近な野菜で中毒を起こす場合があるという記事を最近読みました。今回はそれを紹介したいと思います。2018年8月9日の Yahoo Newsに、
ズッキーニやヘチマなど「ウリ科野菜」中毒の危険性 |
と題したコラムが掲載されていました。書いたのはライター・編集者の石田雅彦氏です。石田氏は Yahoo News のプロフィールでは「横浜市立大学・共同研究員」「自然科学から社会科学まで多様な著述活動を行う」「日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)会員」とあるので、今回のコラム記事に関して言うと "科学ジャーナリスト" が適切な肩書きだと思います。このコラムには13の引用文献が明示されていて、いかにも科学ジャーナリストという感じがしました。以下、石田氏の記事の内容を紹介します。
ウリ科野菜
ウリ科の植物は人類の歴史上、極めて古い作物や野菜を含んでいます。つまり、
・ | キュウリ | ||
・ | ズッキーニ | ||
・ | トウガン | ||
・ | ゴーヤー(ニガウリ、ツルレイシ) | ||
・ | ヒョウタン | ||
・ | ヘチマ | ||
・ | ユウガオ(カンピョウの原料になる) | ||
・ | カボチャ | ||
・ | メロン | ||
・ | スイカ | ||
・ | マクワウリ |
などです。このウリ科植物を食べて、希に嘔吐や下痢などの中毒症状を起こすことが報告されています。原因物質はウリ科植物に含まれる苦味成分の "ククルビタシン"(Cucurbitacin。AからTまでの18種ある)です。ククルビタシンはウリ科植物以外にも、アブラナ科の植物や香木の沈香、ある種のキノコ(ベニタケやワカフサタケの仲間)、あるいは海の軟体動物にも含まれます。
ウリ科植物に含まれるククルビタシンによる中毒の事例は数々報告されています。石田氏の記事から紹介すると以下です(記事には引用元が明示されていますが省略しました)。
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苦い野菜の代表格はゴーヤーですが、ゴーヤーの苦味はククルビタシンもありますが、そのほとんどは中毒を引き起こさないモモルジシン(momordicin)によるものです。沖縄ではゴーヤーの苦みに慣れっこになっています。石田氏の記事には「沖縄県では、ゴーヤーより苦いヘチマやユウガオは中毒の危険性があるので注意するように喚起しているが、ゴーヤーに慣れているせいか多少苦くても食べてしまうケースが多い」とありました。上の引用にあるヘチマ中毒が報告されたゆえんです。
普通、キュウリやスイカ、メロン、ズッキーニなど食用のウリ科植物には、ククルビタシンは含まれていないとされています。これらの野菜は長い品種改良の結果、苦味成分を除外し、ククルビタシンを含まないように栽培されてきたからです。
たとえばキュウリ(Cucumber)の原産地は中東と考えられていて、その後、東西へ伝えられて、日本でも古くから食用の野菜になってきました。キュウリの遺伝子を調べた研究によれば、野生種の苦いキュウリがこれまで4段階を経て品種改良され、食用になったことがわかったそうです。この研究では、キュウリの苦味が葉と実の遺伝子に分けられた結果、実のほうに苦味が少なくなったといいます。
このように食用野菜は安全なのですが、しかし連作や水やりの不足、温度変化、野生種や観賞用植物などからの花粉飛来や昆虫の受粉による交雑などの要因で、ククルビタシンを多く含むウリ科野菜ができてしまうことが希にあるようなのです。
石田氏は「キュウリやズッキーニ、ヘチマなどを食べる際には、切り口を少しなめてみて、もしも強烈な苦みがあり違和感があったらすぐ食べるのは避け、保健所などに相談したほうがいいだろう」と書いています。キュウリのヘタの部分が苦いことはありますが、切り口が苦いというのは普通ありません。普通は苦くない部分が苦いのは要注意、ということだと思います。
有毒な野生種を食用と見間違う
石田氏はさらにウリ科植物から離れて、有毒な野生種を食用の植物と見間違う場合があることに注意を喚起しています。
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子供のころにヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)は毒だと教えられたことがあります。日本で水田のあぜ道にヒガンバナが植えられたり、また墓地(昔は土葬)に植えられたりしたのは、ネズミ、モグラ、虫などがその毒性を嫌って忌避するようにという工夫だったようです。
ヒガンバナ科の植物に含まれるアルカロイドを「ヒガンバナ・アルカロイド」と総称しますが、その中のリコリンは有毒です。そしてスイセンもヒガンバナ科の植物であり、全草が有毒です。スイセンの葉は形だけを見るとニラとそっくりなので、誤食による中毒も起こるのでしょう。
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イヌサフランの花と葉。いずれも有毒。 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル」より |
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ハシリドコロの若い芽生え(左。有毒)と、フキの花(フキノトウ)の芽生え(食用) 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル」より |
自然毒のリスク・プロファイル
石田氏のコラム記事からは離れますが、厚生労働省はホームぺージの中に「自然毒のリスクプロファイル」というページを設けています。これは動物性自然毒(=魚介類の毒)と植物性自然毒(キノコ毒、および高等植物毒)に分けて、その毒性や中毒事例をまとめたものです。石田氏のコラムで紹介されている植物は「高等植物毒」のカテゴリーにあって、ウリ科植物ではユウガオの毒性が紹介されています。
「自然毒のリスクプロファイル」にある高等植物毒の中で少々意外なのはアジサイです。アジサイの葉は刺身のツマのように時々料理に添えられることがあり、それを食べた人が中毒症状を起こした事例があるようです。アジサイがなぜ中毒を起こすのか、まだ本質的な解明はされていないようです。
高等植物毒で最も有名で、かつ身近な野菜はジャガイモです。よく知られているようにジャガイモの芽と、光が当たって緑になった皮の部分にはソラニンという毒素が含まれています。中毒症状を起こす事例も毎年出ているようです。
No.206「大陸を渡ったジャガイモ」で紹介しましたが、ジャガイモは南米のアンデス山脈の高地が原産です。山本紀夫氏「ジャガイモとインカ帝国」(東京大学出版会。2004)によると、アンデス高地には現在でもジャガイモの野生種が自生しています。しかし野生種は小指ほどの大きさしかなく、イモ全体にソラニンが含まれるため食用には向きません。この野生種から栽培種を作り出したのがアンデスの人々です。栽培種は、芽の部分にはソラニンがありますが、基本的に煮るだけで食べられます。この栽培種が全世界に広まり、19世紀ごろまでは「貧者の食べ物」として多くの人々の命をつないできたわです。
人類は農耕を始めてから、野生の植物を何とか食べられるように改良してきて、ジャガイモはその一例です。しかし本来、植物の毒は植物の防衛のためにできたものです。ウリ科植物に希に食中毒を起こす個体ができるというのは本来の姿が戻ったわけで、驚くに当たらないのでしょう。
ウリ科植物で中毒を起こすククルビタシンは、苦いと感じる物質です。この例のように「苦味」は基本的に「危険」のサインです。では「苦味」を忌避したらいいのかと言うと、そうではありません。No.177「自己と非自己の科学:苦味受容体」に書いたように、人体は苦味を感じるとその原因物質を排除しようと活性化します。それは安全な苦味(たとえばコーヒー)でも起こる。このメカニズムは最初に書いたホルミシスと同じです。ククルビタシンを含む植物が漢方薬でも使われるように、有害と有益は表裏一体なのです。我々は「ダメージにはならない程度の、ごく小さな危険」と常時接することにより、防御反応を活性化させ、それが体にとって有益になる ・・・・・・。それは、No.225「手を洗いすぎてはいけない」で書いた、「微生物と常に接する環境でこそ人間は健康に過ごせる」ことと相似形だと思います。
 補記1  |
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ギョウジャニンニクの葉 |
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(2019.4.21)
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山であれ、宅地の敷地内であれ、とにかく自生しているモノを食べるのは絶対に要注意、ということでしょう。
(2019.4.23)
 補記2  |
2019年6月に秋田県鹿角市で、イヌサフランの誤食による死亡事件が発生しました。今度はギョウジャニンニクではなく、"ウルイ" と誤認したようです。
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ちなみにウルイとは、オオバギボウシ(大葉擬宝珠)の若葉で、春の山菜として賞味されます。Wikipediaには「サクッとした歯ごたえでクセがなく、育ちすぎた葉は苦いが、軽いぬめりも魅力である。乾燥させて保存食にも利用され、山かんぴょうの名もある」とあります。山形県ではハウス栽培もされ、また光を遮断して栽培したものを「雪うるい」というブランドで出荷しています(次の画像)。
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ウルイ(左画像)と、山形のブランドである「雪うるい」(右画像。光を遮断して栽培したもの)。「おいしい山形」ホームページより。 |
別の報道では、死亡した女性の自宅敷地にはウルイも自生していたとありました。厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル」にはイヌサフランと間違えやすい植物として、ギョウジャニンニクに加えて「ギボウシ」が写真とともに掲載されています。ウルイ(オオバギボウシ)はそのギボウシの一種です。とにかく、自生しているものを食する時には採取したものを1本1本、慎重に確認するのが必須ということでしょう。
(2019.6.6)
 補記3  |
2019年7月9日に、兵庫県宝塚市でジャガイモによる食中毒が発生しました。それを報じたNHK News(Web版)を以下に引用します。
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このニュースで少々驚くのは、児童30人を指導した教員の方が「ジャガイモには毒が含まれる(ことがある)」という知識をもっていなかったことです。ジャガイモの芽の部分や緑に変色した皮が毒だというのは一般常識だと思っていましたが、どうもそうではないようです。プロの農家が栽培したジャガイモだから(芽が出ない限りは)安全なのです。アマチュア(しかも小学生)が栽培したジャガイモなどは注意すべきで、大阪市立大学の教授が言っているように「芽や緑色の皮をしっかり取り除くことが重要」なわけです。この程度の知識がない教員の方が小学生を指導し、ジャガイモを自家栽培し、それを調理実習に使うというのがびっくりです。しかも、ニュースによると全国の小学校で相次いでいるらしい。
No.206「大陸を渡ったジャガイモ」で書いたように、ジャガイモは南米アンデス山脈の高地が原産地で、ソラニンの毒素のためにそのままでは食べられなかった野生種を、アンデスの民が品種改良をして食べられるようにしたものです。しかし完全に無毒というわけではない。
大事には至りませんでしがた、この "中毒事件" 起こした教員の方には是非、野菜(ジャガイモ)とその成り立ちにもっと興味を持って欲しいものです。
(2019.7.17)
 補記4  |
ニラと間違えてスイセンを食べるという中毒事件が、2019年11月21日に千葉県市川市で発生しました。何とこの "ニラ" は青果店で買ったものというのです。
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(NHK New Web より) |
普通、青果店で販売する野菜や果物は、青果市場から仕入れたものか、近隣の農家と契約して直接仕入れたもの(この場合はニラ農家から)だと信じていました。しかしどうも違うようです。
この青果店の店主は、山菜採りよろしく近くの雑木林に行って "ニラ" を刈り、原価ゼロの商品を通常価格で販売して利益を出そうとしたようです。しかも野菜についての知識が乏しい。この「農家が栽培したもの以外の野菜が青果店で販売される」というのは、極めて特殊な例なのでしょうか。それとも氷山の一角なのでしょうか。気になりました。
余談ですが、スイセンは英語で Narcissus ナーシサス ですが、これはギリシャ語の「麻痺する」とか「痺れる」という意味の言葉に由来します。スイセンが毒だということは古代から知られていたようです。
(2019.12.1)
 補記5  |
2020年7月9日、長野県内でウリ科の野菜であるユウガオによる食中毒事件が発生しました。
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ユウガオ |
ニュース記事の最後に「県内では昨年度も2件7人の食中毒が発生しています」とありますが、調べてみると1件は2019年7月(大町市:自家栽培のユウガオ)、もう1件は2019年9月(茅野市と松本市:同一の地場野菜販売所で購入したユウガオ)に発生していました。
補記1~5の "野菜" による食中毒事例をみると、野菜の入手先には、
・自生
・自家栽培
・農産物直売所
というパターンがあるようです。
(2020.7.13)
補記6 |
2022年4月の上旬、植物の誤食による中毒事故が2件報道されました。一つは死亡事故です。これを受けて朝日新聞に注意喚起を促す記事が掲載されました。それを引用します。
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4月7日の京都市の事故は、子育て支援施設が自家栽培の "野菜" を給食に出したことが原因です。ニラとスイセンが見分けにくいということ以前に、「自家栽培野菜で給食」という行為そのものが決定的にまずいことでしょう。
同じ記事には、過去10年間の誤食事故を厚生労働省がまとめたものがありました。それも引用しておきます。
有毒植物による食中毒発生状況
(厚生労働省まとめ。キノコ類を除く)
(2021年までの過去10年間)
(2021年までの過去10年間)
有毒植物 | 似た植物 | 事故数 | 患者数 | 死亡数 |
スイセン | ニラ、タマネギなど | 62 | 195 | 1 |
ジャガイモ (芽、その付け根) | 17 | 280 | ||
チョウセンアサガオ | ゴボウ、オクラなど | 11 | 30 | |
バイケイソウ | オオバギボウシなど | 19 | 41 | |
クワズイモ | サトイモ | 19 | 42 | |
イヌサフラン | ギョウジャニンニクなど | 119 | 26 | 11 |
トリカブト | モミジガサなど | 9 | 17 | 3 |
グロリオサ | ヤマイモなど | 3 | 3 | 1 |
ハシリドコロ | フキノトウ、ギボウシ | 2 | 3 |
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食用になるオオバギボウシ(左)と、有毒のバイケイソウ(右)。朝日新聞 2022.4.27 より。 |
(2022.5.10)