中島みゆきさんの詩についての記事の一覧が、No.35「中島みゆき:時代」の「補記2」にあります。 |
定点写真
「怒り新党」というテレビ朝日の番組があります(水曜日 23:15~)。例の、マツコさんと有吉さんと青山アナウンサー(以前は夏目アナ)のトーク番組です。2016年8月3日に放映されたこの番組の中での「新三大〇〇調査会」はちょっと感動的な内容でした。
テーマは「新三大 写真家・富岡畦草の次世代に託したい定点写真」です。富岡畦草さんは大正15年(1926)生まれで、現在90歳です。人事院に勤めたこともあるカメラマンで、現在も写真を撮っています。そのライフワークは「定点写真」です。つまり富岡さんは昭和33年(1958年)から半世紀以上ものあいだ、決まった場所で決まったアングルで写真(フィルム写真)を撮り続けています。しかもこの定点写真を次世代に託したいということで、娘の三智子さんと孫の碧美さんも加え、今は3人で撮っています。番組で紹介された定点写真は次の3つでした。
◆ | 銀座4丁目交差点 | ||
◆ | 新橋駅前広場 | ||
◆ | 家族写真(銀座中央通りで) |
素晴らしいと思いました。銀座4丁目交差点は北の方向を見て撮っているのですが、半世紀の移り変わりが手にとるようにわかります。改装中の三越では命綱なしのとび職人が写っていたり、路面電車が走っていたりします。新橋の駅前広場の定点写真は、駅のホームからSLの置いてある方向を撮っているのですが、初期の写真にSLはないのですね(下の画像)。大勢の人が集まって街頭テレビを見ています。銀座中央通りでの家族写真も、あたりの風景の変遷とともに富岡さん家族の「歴史」が捉えられていて、ほのぼのとした気持ちになりました。
番組の最後でマツコさんが「(この企画を)なんでこの番組でやったのかしら」と言ってました。確かにNHKかNHK・BSでやるような内容かもしれません。しかしテレビ朝日だって負けてはいられない。テレビ朝日でやるとしたら、実は「怒り新党」のようなバラエティの中が最適ではないでしょうか。それなりに視聴率がある番組だし、今日も楽しくおかしく(そして少々バカバカしく)終わると思っているそのときに意外にも、極めてまじめで感動的な定点写真が出てくる・・・・・・。そのインパクトは大きかったと思います。
BGM
ここで書きたいのは「新三大 写真家・富岡畦草の次世代に託したい定点写真」に使われたBGMのことです。といっても、最初の「銀座4丁目交差点」に関しては、全く記憶がありません。何か音楽があったはずですが、おそらく全く知らない曲だったのだろうと思います。しかし次の「新橋駅前広場」と最後の「家族写真」のBGMはすぐに分かりました。
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ジャニス・イアン 「奇跡の街」(1977) 「ウィル・ユー・ダンス」が収録されている。アルバムの原題は「Miracle Row」 |
ところで、そもそもなぜBGMに注意がいったのかと言うと、2番目の定点写真、新橋駅ホームから撮った駅前広場のところで、中島みゆきの『ホームにて』が流れたからです。「ホームから撮った新橋駅前広場の定点写真」に『ホームにて』を使うのは "安易" に思えましたが、しかしたとえ安易であっても久しぶりにこの名曲を聴けたのが(思い起こせたのが)私にとっては幸いでした。
ホームにて
『ホームにて』は、1977年6月25日に発表された中島みゆきさんの3作目のアルバム「あ・り・が・と・う」に収録された曲で、その詩は次のようです。
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中島みゆき 「あ・り・が・と・う」(1977) ①遍路 ②店の名はライフ ③まつりばやし ④女なんてものに ⑤朝焼け ⑥ホームにて ⑦勝手にしやがれ ⑧サーチライト ⑨時は流れて |
"私" がいま住んでいる場所(=街)と、出身地(=故郷)を対比させ、それをつなぐ存在としての駅のホームがこの詩のテーマです。
たそがれには 彷徨う街に 心は今夜も ホームにたたずんでいる ネオンライトでは 燃やせない ふるさと行きの乗車券 |
というところが "私" の気持ちを表しています。出身地・故郷につながるのは、乗車券、切符、汽車、けむり、空色などであり、街の象徴はネオンサインです。どんな街でどんな故郷かは想像に任されていますが、少なくとも故郷にはネオンサインがまったく無く、現在の街はそれが目立つような大きめの都市でしょう。
特に何等かの "解釈" の必要のないストレートな詩です。"都会と故郷をつなぐ駅のホーム" という題材も、石川啄木の短歌を引き合いに出すまでもなく「定番」だと言えます。ただこの詩は、アルバムの中の詩として見る必要があるでしょう。「あ・り・が・と・う」は第1曲が『遍路』で、最後の第9曲が『時は流れて』です。「過去の私」ないしは「過去から現在までの私」を振り返り、それとの対比で「今の私」を浮かび上がらせる内容の曲が多い。その中の『ホームにて』です。
しかし『ホームにて』が名曲なのは、やはりこの曲のメロディーです。ゆったりと流れる伸びやかな旋律で、意外性のある音の運びも所々に仕組まれています。聴いていて受ける感じを言葉で表現すると「なつかしさ」や「やさしさ」であり、何となく「ほっとするような」感じです。それは "心は今夜も ホームにたたずんでいる私" の心情にピタリと一致している。中島みゆきさんの作曲家としての才能が如実に分かる優れた作品だと思います。
同世代の1977年(昭和52年)
ところで『ウィル・ユー・ダンス』も『ホームにて』も 1977年(昭和52年)のアルバムで発表された曲です。『ウィル・ユー・ダンス』は「奇跡の街 - 原題: Miracle Row」(1977)の収録曲でした。また、ジャニス・イアンは1951年生まれ、中島さんは1952年生まれなので、同世代ということになります。1977年当時は26歳と25歳であり、まさに日米の若手のアーティスト、若手シンガーソングライターでした。
1977年といえば今から約40年前、富岡畦草さんが定点写真を撮り始めてから約20年後です。BGMつながりで1977年の音楽シーンを振り返ると、ABBAの「ダンシング・クィーン」の世界的大ヒット、山口百恵の「秋桜」、キャンディーズの突然の解散発表(翌年に解散)、沢田研二の「勝手にしやがれ」、ピンクレディーの「渚のシンドバッド」などがありました。したがって、サザンオールスターズのデビュー作「勝手にシンドバッド」は翌年(1978年)ということになります。
そしてジャニス・イアンの『ウィル・ユー・ダンス』を主題歌にした「岸辺のアルバム」も1977年のテレビドラマなのでした。まったくの偶然でしょうが、半世紀以上に渡る「定点写真」を紹介するBGMとして『ホームにて』と『ウィル・ユー・ダンス』はまさにピッタリであり、印象に残りました。
補足です。気になったのでネットで検索してみると、銀座4丁目交差点で使われたBGMは、NHKスペシャル「ミラクルボディー」のテーマ曲である、関山藍果さんの「The Moment of Dreams」(2008)ではないかと書いている方がいました。もしそうだとすると、私が全く気が付かなかったはずだと納得できました。
(続く)
補記:NHK「SONGS」での『ホームにて』 |
2019年1月26日(土)のNHK総合「SONGS No.484」(23:00~23:30)で、中島みゆきさんのコンサートのライブ映像が放映されました。「歌旅 - 中島みゆきコンサートツアー2007」からの3曲ですが、その中の1曲が『ホームにて』でした。
「歌旅 - 中島みゆきコンサートツアー2007」はCD版とDVD版がありますが、DVD版に収録されなかった曲が『ホームにて』と『蕎麦屋』と『EAST ASIA』で、その3曲が放映されたわけです。NHKは "秘蔵映像" と紹介していましたが、確かに貴重な映像でした。
この『ホームにて』の映像について、いきものががりの吉岡聖恵さんが番組の中で次のように語っていました。
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吉岡さんの感想は、まるで演劇での俳優の演技についてのコメントのようですが、まったくその通りです。実力派シンガー、吉岡聖恵としては "ありたい姿" なのでしょう。
このライブ映像で中島さんは『ホームにて』をステージに座ったままで歌っています。体はほとんど動かしません。しかし、顔全体の表情、目線の持って行き方、顔の向き、声のトーンの変化、口の開け方と口元の表情などで、まさに演じています。その "演技" を見ていると、詩の言葉のそれぞれの意味がよくわかります。まったく静かで、ゆっくりとしてるけれど、これは紛れもなく "歌う" というライブ・パフォーマンスです。
ちょっと唐突ですが、最近、我々がコンサートのライブ・パフォーマンスで感銘を受けたのは、映画「Bohemian Rhapsody」のフレディ・マーキュリーでした。主演のラミ・マレックは、残されたフレディの映像を徹底的に研究し、一挙手一投足まで再現したと言います。この映画の影響で、1970年代後半~80年代の Queen の実写映像がテレビでずいぶん放映されたのは喜ばしいことでした。
ライブ・パフォーマンスという観点で、映画のクライマックスになったフレディ・マーキュリーのライブエイド(1985)のステージと、中島さんの『ホームにて』のコンサート映像の2つは対極にあります。楽曲の内容も全然違うし、"演技" のやりかたも全く違う。しかし「人に感銘を与えるコンサートのパフォーマンス」ということでは共通しているものがあると強く思いました。
余談ですが、Queen がデビューしたのは1973年で、Bohemian Rhapsody の発表は1975年です。中島さんのデビューはその1975年で、『ホームにて』は1977年の作品です(アルバム『あ・り・が・と・う』)。ロック界のレジェントである Queen と中島さんは似た時期に活動を開始しているわけですが(Queenが2年先輩)、中島さんはまだ現役バリバリのミュージシャンで、作品を創造し続けているのでした。
(2019.2.2)