No.107 - 天然・鮮魚・国産への信仰

前回の、No.106「食品偽装と格付けチェック」の続きです。No.106 で朝日新聞の読者アンケート「許せない誤表示・偽装食品ランキング」(2013.12.14)を紹介しまたが、再掲すると以下の通りです。


許せない誤表示・偽装食品ランキング

順位票数表示食品代用食品
1位972票伊勢エビロブスター
2位902票牛ステーキ牛脂注入肉のステーキ
3位791票和牛外国産牛
4位678票牛肉牛肉の成型肉
5位590票アワビロコ貝
6位532票鮮魚解凍魚
7位499票国産豚外国産豚
8位495票無添加パン添加物入りパン(増粘剤など)
9位491票天然の魚養殖魚
10位489票フカヒレ人工フカヒレ(春雨などで作る)

朝日新聞(2013.12.14)

この中の9位である「養殖魚を天然ものと偽装するのは許せない」とするアンケート結果について考えてみたいと思います。この回答の裏には日本人の「天然もの信仰」があると思われるからです。

なお、以下の文章は「食品偽装という詐欺によって儲けを増やした業者」を擁護するつもりは全くありません。


「天然もの」は自然の収奪


人間の歴史を振り返ってみると、遙か昔は「狩猟採集」で食料を得ていたわけです。No.105「鳥と人間の共生」に書いたように、アフリカ(そして南米など)には、今でも狩猟採集の生活を送っている人々がいます。

約1万年から始まった「農耕」によって、人類はいわゆる文明を発達させ、その後「牧畜や酪農」も進んできました。現代の日本においては、食料にする植物や鳥獣のほとんどが「栽培・飼育」されたものです。野生の植物を食用にするのはあまり思いつきません。山菜類やキノコ類(松茸、マイタケなど)ぐらいでしょうか。野生の鳥獣もイノシシ・シカ・鴨などだと思いますが、一般の食料品店では流通していません。もっともヨーロッパでは事情が違い、パリのマルシェでは野生のウサギやキジ、ヤマバトなど(いわゆる、ジビエ)をそのままの姿で売っています。しかしこれは「ご馳走」の部類であって、一般的なのは飼育された鳥獣肉です。

ところが、魚介類だけは「狩猟採集」が今もメジャーで、農耕(栽培)や牧畜(飼育)に相当する「養殖」は一部なのです。



養殖が難しいのは、魚介類は水の中に棲んでいるので、自然の生態をつぶさに観察・調査するのが困難だからです。ウナギ(ニホンウナギ)は最近まで産卵場所すら分からなかった。最低限、生態が分からないと養殖技術は確立できません。

養殖にかかる設備投資や餌代などのコストも問題です。そのコストに見合うだけの高価な魚介類でないと、事業としては成立しない。従って「需要はあるが天然ものの漁獲量が少なく、高価な魚介類」が養殖される(それしかできない)。

そういう障壁を乗り越えて、現代では数々の魚介類が養殖されています。ブリ類(ハマチなど)、鯛、鱒、ふぐ、牡蠣、ホタテ、クルマエビなどがすぐに思いつきます。クロマグロ(ホンマグロ)も養殖されるようになりました。2002年、近畿大学がクロマグロの養殖に初めて成功したのですが、ここに至るまでには30年間のノウハウ蓄積があったと言います。養殖は人知の結晶だという典型例だと思います。

なお、ここで言う「養殖」とは、いわゆる「完全養殖」のことです。ウナギのように天然の稚魚(シラスウナギ)を捕らえて育てる方法(=蓄養)は「狩猟採集」であることに変わりがありません。最近ある雑誌を読んでいたら、シラスウナギの漁獲量はピーク時の40分の1に激減し、養殖業者の仕入れ価格は1キロあたり26万円(2006年)から250万円(2013年)にハネ上がったとありました。乱獲が招いた結果でしょう。既に環境省は2013年にニホンウナギを絶滅危惧種に指定しています。

そのウナギの完全養殖に(実験的に)成功したというニュースが近年流れました。これが資源の回復に貢献できるのか、注目したいと思います。

農畜産業における「栽培・飼育」の大きなメリットは「品種改良」が可能だということです。現代の食生活は先人たちが苦労してやってきた品種改良の恩恵で成り立っています。野生種の米だと北海道での米作はありえないし、イノシシに近い豚でも(味は別にして)同一重量の肉の生産コストは数倍にハネあがるでしょう。

魚介類の養殖も、今後「品種改良」が進むと思われます。そしてそれが今後の食料確保の鍵になる可能性が高いと予想します。



いろいろと理由はつけられるでしょうが「狩猟採集は自然の収奪」であることに変わりはありません。天然資源の枯渇を招かないように、持続可能な形で「狩猟採集」するのは簡単ではない。まず、魚介類が海や河川でどういう生態なのかが理解できていません。ある年に急にイワシの漁獲量が減った(ないしは増えた)といっても、その理由が(明確には)分からない。東京湾で有名な鮨ネタに、漁獲量が激減している「小柴のシャコ」(神奈川県の柴漁港で揚がるシャコ)があります。東京湾を横断するアクアラインができた時期とシャコの激減時期が同じようですが、その因果関係もわからない。

たとえ生態が解明できたとしても、狩猟採集には「自然への敬意」が必要で、人間サイドの自制心が必要です。これが現代の自由主義社会ではなかなか難しい。たとえ日本が自制したとしても、他国が自制しないと海産物では意味がなくなるわけです。



こういった「天然の魚介類の減少」を危惧する記事が最近の雑誌に掲載されたので、それを紹介したいと思います。


鮨ネタがどんどん消えていく


文藝春秋の2013年8月号に「鮨ネタがどんどん消えていく」という興味深い記事が掲載されました。この記事は、銀座「すきやばし次郎」の初代である小野二郎氏をはじめ、漁業関係者にも取材してまとめたものです。この記事で、最近特に天然の鮨ネタが減少していることが報告されています。その要因として、

黒潮の流れの変化(潮流が沖の方に離れた)
海水温の上昇。特に秋になっても温度が下がらないという環境変化
世界的なSUSHIブームや、中国での需要増大

などがあげられていますが、大きな要因が

魚介類の穫りすぎ

なのです。たとえば千葉県の鴨川漁港の漁労長の意見です。以下、下線は原文にはありません。


そもそも、海の魚というのは、普通に穫っているつもりでも、意外にあっという間に穫り尽くしてしまうところもあるんです。例えばこのあたりの海でいえば、アカムツという魚がいます。僕の親父なんかは一本釣りでこれを穫っていましたが、十年ともたずに、いなくなって、今じゃほとんど穫れません。

当時の一本釣りでさえそうですから、今のように漁具と漁業者の技術が発達して、ソナーで群を見つけて、巻き網漁でそこにいる小さな魚も根こそぎとるようなことを繰り返せば、いくら一日の水揚げの制限をかけても、やっぱり減っていきますよ。いったん自然界のサイクルが崩れると、資源の回復にはかなりの時間がかかるんです。

坂本漁労長(千葉・鴨川漁港)
文藝春秋(2013.8)

定置網は編み目を大きくして小さな魚を逃がせるけれど、巻き網は「根こそぎ穫る」ので資源に対する負荷が大きい、と解説されています。

アカムツ.jpg
アカムツ(スズキ科)
(原色日本海水魚類図鑑。保育社 1985 より)

魚のように自由に泳ぎ回ることができない貝類は、資源の枯渇が起こると魚以上に深刻な問題になります。「すきやばし次郎」の小野二郎氏は、次のように言っています。


魚も深刻ですが、貝も、ものすごく厳しい状況です。ウチの店では、トリ貝、赤貝、アワビを使いますが、そのいずれもが昔と比べようもないほど手に入れにくくなっています。

貝は穫りすぎなんです。あとは、瀬を埋めてしまったから産卵できないということもあるかもしれない。貝は、逃げられないから穫りすぎでいなくなったり、あるいは環境の変化で一気にやられちゃったりするんですね。

今頃だとトリ貝の時季です。いまうちが入れているのは日本海の能登の七尾で揚がる型の大きいトリ貝です。でも、原価は一個千五百円から二千円ですからね。トリ貝っていうのは、安い貝の代名詞だとみなさん思っているじゃないですか。でも、この七尾のような肉厚で甘みのあるやつを本気で求めるとなると、いまや腰抜かすほど高いですよ。けれど薄っぺらなトリ貝は新聞紙濡らして噛んでいるような味で、旨くもなんともないから絶対に使いたくない。

小野二郎(すきやばし次郎)
文藝春秋(2013.8)


千葉の大原ではいいアワビが穫れるんだけど、昔はあそこの海女さんが潜って穫っている量だけで、東京の分は間に合っていたわけ。五年目ぐらいのアワビが一キロ弱で一番いいんだけど、それが毎年穫れていた。

アワビが一人前になるのに三年、四年かかるんだけど、五年間我慢して今年はこの領域で、と決めてね。でも、今はこんな小さいものでも、穫ってきちゃうから、いなくなっちゃった。

いま出回っているのは、素潜りじゃいけないような、うんと深いところにいるヤツを無理やりとってきてるから、固くてダメんですよ。全然おいしくない。

小野二郎・文藝春秋(2013.8)

小野二郎氏は、天然ものが極めて入手困難になってしまった例として、シマアジをあげています。


もう絶滅といってもいいぐらい本当に手に入りにくくなっているのは、天然のシマアジです。

天然のシマアジは、五月から八月が時季で、八百から九百グラムが一番脂がのっていて旨いんです。あまり大きくなっちゃうと今度はスジが立っちゃって、旨くないんですけど。

でも、いまでは、季節がきたって、あの築地みたいな大きな魚河岸の中に天然ものは五、六本かそこらしか見当たらない。一日じゃないよ、一夏の間にですよ。街に出回っているシマアジは、九十九パーセント養殖ものです。

もっとも、お客さんの舌には養殖のシマアジの記憶しかないから、最高に旨い天然シマアジを握っても、「さっぱりしている、物足りない」なんていう感想になるんです。そのさっぱりしたところが旨いんだけどね。

小野二郎・文藝春秋(2013.8)

シマアジ.jpg
シマアジ(アジ科)
(原色日本海水魚類図鑑。保育社 1985 より)


養殖ものは味が悪いのか


上の引用の最後のところに天然シマアジと養殖シマアジの味の比較が書いてあります。小野二郎氏は他の食材についても天然と養殖の比較を語っています。


養殖ものでも美味しければいいんですけど、天然ものとの味の差があまりにもありすぎるから、使えないんです。ただ、貝類やクルマエビに関しては、天然と養殖の差がそんなにないんですよ。うちでは使わないけど。

天然クルマエビは明らかに減っているけれど、養殖ものも味は悪くない。香りなんかは養殖の方がよかったり、味噌も濃厚だったりする。ただ、食べ比べたら天然の方が旨いと思うので、うちは天然にこだわるんですけどね。

小野二郎・文藝春秋(2013.8)

銀座「すきやばし次郎」は、6年連続でミシュランの3つ星を獲得した店です。その初代である小野二郎氏は、政府が認定する「現代の名工」(2005年度)にも選ばれた方です。その見識はさすがだと思いますね。特に天然と養殖に関する率直な意見が印象的です。小野氏の考えを(少々の推測を加えて)まとめると、以下のようになると思います。


「すきやばし次郎の基準」でみた「天然と養殖」

鮨ネタに関しては、天然と養殖では味に差がありすぎる。天然の方が旨い。

ただし、差があまりないネタもある。たとえばシマアジは天然の方がさっぱりとしていて、そのぶん養殖の方が旨いという人もいる。しかし自分としてはその「さっぱり感」が旨いと思う。

貝類やクルマエビも、天然と養殖の差はあまりない。特にクルマエビは、香りと味噌の濃厚さという観点だけからすると養殖の方がまさっている。

そのような例があるにせよ、天然のネタが本来の食材の味であることは間違いない。その本来の味を生かしたい。だから「すきやばし次郎」では天然ものを使う。


「すきやばし次郎」のような店こそ徹底的に天然ものにこだわり、ユネスコの無形文化遺産にも登録された「和食」の伝統と文化を守ってもらうべきです。そして「そういう鮨屋があるから日本に旅行する」という外国人の方を増やしたい(ミシュランの3つ星とはそういう意味です)。

そのための必須条件は、天然の上質な鮨ネタが入手できることなのですが、それを危うくしているのが天然資源の枯渇であり、その大きな理由が乱獲なのです。


天然もの信仰のあやうさ


乱獲による資源の枯渇を招いている一翼を担っているのが消費者に蔓延する「天然もの信仰」であり、それを増大させているマス・メディアではないでしょうか。

「天然と養殖では味に差がありすぎる」という小野二郎氏の見解は「すきやばし次郎」という「ミシュラン3つ星店の基準」であり、それは非常に大切です。その一方で小野氏も「シマアジ、貝類、クルマエビ」に関しては、養殖ものが天然ものと遜色ないことを認めています。「一般基準」では、差がない食材がもっと多いはずです。

かつて、養殖ものの安全性が懸念されたことがありました。魚介類が病気にならないために抗生物質を大量に投与するといった例です。しかし(少なくとも日本では)そういう安全性に問題はない。輸入食材が不安だと言うなら国産の養殖ものを選択すればよい。

ちょっと疑っているのですが、一般人が「天然ものが旨い」と感じるのは、一つには「それが高価だから」ではないでしょうか。漁獲量が少ないから高価になる、高価だから美味しいと感じる・・・・・・という原理です。というのも、天然の安価な魚(いわゆる大衆魚)が旨いと評価されない傾向があると思うからです。近所にイワシ料理を売り物にしている店があります。漁港から直接買い付けた新鮮なイワシをタタキ・刺身から揚げ物まで多様な料理にするのですが、大変に美味しいと感じます。食材には食材ごとに旨さがあり、それを最大限に引き出す(ないしは食材のマイナス面を消す)ことこそ、料理人の腕と言うべきでしょう。

よく西洋料理・日本料理をを問わず「天然 -食材名- の -料理名-」というメニューがありますよね。生で食べる刺身ならともかく、加熱調理し味付けする料理にこういったメニューを出す店は信用できません。消費者の「天然もの信仰」におもねり、原価を上げ、料理の値段も上げ、そのことで客単価を上げようとしているように見えるからです。

我々は価値観を変更する必要があります。従来は、養殖は天然の代替品でした。そうではなく

「食」は栽培・飼育・養殖されたものが基本であり、農畜産物だけでなく魚介類もそうである。養殖できない(養殖されていない)ものはやむをえないが。

天然の魚介類は「味」の観点だけでなく「和食文化を守る」観点からも貴重である。しかしそれは料理の専門家の生食用に任せるべきである。

ということだと思います。


鮮魚信仰もあやうい


「許せない偽装食品ランキング」の6位は「解凍魚を鮮魚と偽った例」です。

順位票数表示食品代用食品
6位532票鮮魚解凍魚

この背景にも消費者の「鮮魚信仰」があると考えられます。この場合の「鮮魚信仰」というのは

穫った魚介類を冷凍・解凍ぜず、冷蔵(ないしは常温)のまま調理するのが本来の姿だし、その方が美味しい、という信仰

です。スーパーマーケットの魚介類売場でも鮮魚は区別されています。かならず(生)か(解凍)かがラベルに明示されている。果たしてこの「信仰」は正しいのでしょうか。

我々の現代の食生活は冷凍・解凍魚に支えられています。たとえば、我々が普通食べるホンマグロ(クロマグロ)は冷凍ものがメインです。日本近海で穫れた「鮮魚としてのクロマグロ」は、それなりの鮨店やレストランが扱う食材であって、我々がスーパーマーケットで買ったり、一般の寿司店、回転寿司、レストランで出されるマグロは冷凍ものです。

冷凍と言っても、家庭用冷蔵庫での冷凍とは違います。太平洋で漁獲するクロマグロなどは、マイナス60℃ぐらいの極低温で急速冷凍しています。冷凍技術は非常に進歩しているので、食材本来の味を損なうことが少ないようになっています。また、冷凍技術が「魚介類の安定供給」を実現していることは言うまでもありません。冷凍魚は「在庫」できるので、供給量と需用量の変動をマッチングできる。冷凍技術がないと不漁の時には価格が急騰し、大漁が続くと穫った魚を(価格維持のために)破棄するようなことになりかねないでしょう。

もちろん、普通、冷凍では流通しない(鮮魚で流通している)魚もあります。アジ、イワシ、サンマなどです。これらは日本近海で大量に穫れ、そのため価格が安く、従って冷凍する意味が(今のところ)無いし、コスト的にも折り合わない魚種です。仮に資源が枯渇して、価格が高騰してくると冷凍されるでしょう。もちろん、そうなる以前に漁獲量をコントロールすべきです。



「鮮魚信仰」は根強いものがあるようです。その典型が、生け簀の魚をその場で調理する「活魚」でしょう。活魚は独特のおいしさがある(ものが多い)のも確かですが、それが魚の食べ方の最高だと考えるのは変です。肉もそうですが、魚もある程度の「熟成」が進むと別のおいしさが出てくる。

魚は冷凍・解凍で流通するのが基本であり、鮮魚は、日本近海で大量に穫れる魚は別にして、「すきやばし次郎」を代表格とする「鮮魚を取り扱う専門店」にまかせるべきでしょう。

むやみな「鮮魚信仰」は日本近海での魚介類の乱獲につながり、資源枯渇を招くだけ

だと思います。


国産食材が何故好まれるか


「許せない偽装食品ランキング」には「外国産を国産と偽った例」が2つ入っています。3位の牛肉と7位の豚肉です。

順位票数表示食品代用食品
3位791票和牛外国産牛
7位499票国産豚外国産豚

これを「許せない」とする背景には、

同一の食材において「国産」と「外国産」があった場合、国産の方が品質(安全性、味)が良い。従って少々高くても国産を買うという、消費者の国産食材に対する信頼感

が(精肉に限らず一般的に)あるのだと思います。この信頼感は、農畜産業に携わる方々の長年の努力の結果であり、貴重なものだと思います。しかし国産食材を選ぶというのは、それだけの理由で良いのでしょうか。この「国産を選ぶ理由もあやうい」と思います。

というのも、もしそれだけの理由で国産食材を選ぶとしたら、外国産食材が国産と同等の品質(味と安全性)だということに確証が持てて、しかも外国産の方が値段が安いとなれば「外国産を選ぶ」といことになってしまうからです。もちろん消費行動としてはそれもアリですが、「国産」にはそれ以上の意味があります。

キーワードは「地産地消」です。それは地域レベルでも国レベルでも言える。

農畜産物は、国や地域の伝統文化、土地利用形態、人々の就業形態、自然環境との調和、さらには風景・景観にまで密接に結びついているから、それらを守り保全していくために地産地消が重要である。だから値段が高くても国産品(ないしは地域生産品)を選ぶ

というのが正しい態度でしょう。食材を工業製品と同列に考えるのは間違っています。


無農薬の価値とは


「許せない偽装食品ランキング」には入っていませんが「無農薬栽培」も「鮮魚」や「国産」と似たところがあります。無農薬栽培された野菜などを購入する人の動機は、品質、特に安全性が理由だと思います。それは消費行動としては一応理解できます。

しかし現代では、農薬を使ったとしても残留農薬の安全性基準は明確だし、また厳しくチェックされています。農薬の安全性が実質的は問題になることは(少なくとも日本では)ないはずです。しかも、現代の農業全体を考えると農薬なしには成り立ちません。それは農業の効率化(労働コストの削減)大いに役立っている。またグローバルの視点で考えると、飢えている人々はいっぱいいるし、栄養不良が引き金となって病気になる子供も多数あるのだから、食料増産が非常に重要な課題であり、そのためにも農薬は欠かせません。

「無農薬栽培」に意義があるのは、人間に対するメリットではなく、人間以外の動植物に対するメリットです。農薬はその定義からして「農産物以外の植物と、害虫を含む昆虫や小動物を殺す薬剤」です。人間には好都合かもしれないが、自然環境に多大な影響を与える。もし農薬で死滅に追いやられる動植物だけを食料にしている鳥があったとしたら、その鳥も農薬で絶滅することになるでしょう(例えば、朱鷺の絶滅にはその側面がある)。

無農薬栽培は人間が利用する植物以外の動植物に対する影響がない(少ない)から、自然保護に役立つ。だから、高くても無農薬作物を選ぶ

というのが「正しい」態度でしょう。

さらに言うと、有機肥料・有機栽培も似たところがあります。有機肥料の方が化学肥料よりも作物の栄養が豊富だとか、美味しいということは一般的には考えられません。作物が吸収する栄養分は同じだからです。もし、栽培した作物の栄養価に問題があるような化学肥料があったとしたら、製造した肥料会社は失格です。

有機栽培は農業におけるリユース・リサイクルを実現するものであり、それは循環型社会に向かう一翼をになうというところにこそ意義があるはずです。それに賛同するから価格が高くても有機栽培の農作物を購入するわけです。



「食」に関しては、

天然←→養殖
鮮魚←→解凍魚
国産←→外国産
無農薬←→農薬
有機肥料←→化学肥料

というキーワード、ないしは対立項があるわけですが、我々としては無自覚な「信仰」を排除し、マス・メディアに惑わされず、その意味(意義)を正しく理解した消費行動をとるべきだと思います。

外国産は別にして、養殖・解凍魚・農薬・化学肥料にネガティブなイメージがあるとしたら、そこに共通するのは「人工・人為」に対するマイナスのイメージでしょう。しかし畜産物で言うと、例えば、No.98「大統領の料理人」で「神戸ビーフ」の美味しさが世界的にも有名なことを書きました。それは、長年にわたる和牛の品種改良と、飼育方法のノウハウを蓄積してきた畜産家の努力の結果です。いわば「人工の極致」と言える。それを我々は、高いお金を出して、ありがたく食べています。「人工・人為」を排斥する必然性は何もないはずです。
続く


 補記1:"江戸前" は持続可能か 

本文の中で、主に魚介類についてですが、

天然ものは "自然の収奪" であり、天然資源の枯渇を招かないように持続可能な形で漁業を続けるのは簡単ではない

という意味のことを書きました。東京湾で漁獲量が激減している「小柴のシャコ」(神奈川の柴漁港で揚がるシャコ)のことも書きました。

その東京湾での漁業を "持続可能" にしようと頑張っている船橋市の漁師さんのことが先日の新聞に出ていたので、是非それを紹介したいと思います。実は、この記事は2020年の東京オリンピック・パラリンピックとからんでいます。つまり、

オリンピックの選手村で使う魚介類は、持続可能な形で漁獲されたという「国際的な証明」を得たものに限るというトレンドになってきた。それは2012年のロンドン大会で始まり、2016年のリオデジャネイロ大会に引き継がれた。しかし東京2020は、そうはならなった

ということが記事のポイントだからです。これが、東京湾における漁業(=江戸前の魚介類の漁)とからんでいる。以下にその記事を紹介します。下線は原文にはありません。


江戸前の魚 理念とは裏腹に
持続可能性「後退」した基準

多くの船が行き交う東京湾。4隻の漁船で巻き網漁に出た千葉県船橋市の漁師、大野和彦(60)は、スズキなどが入った網を上げるたび、取った場所の正確な位置、魚の体長、重さなどを記録する。スズキの20センチ未満の幼魚は海にかえす。

資源量を把握し、取り過ぎなどを控えるためだ。「資源を大切にする漁業の成功例を作り、子や孫に残したい」

以前は「誰よりも多く取って『すごい』と言われたい」と思っていた。変わったのは2013年、東京五輪・パラリンピックの開催決定がきっかけだ。「選手村で江戸前の魚を振る舞いたい」と意気込んだが、知人に、日本で持続可能な漁業がほぼないままだと、魚は欧州産になりかねないと言われた。「なんだそれ」

12年ロンドン大会以降、選手村などで使う食材の基準が出来た。キーワードは「持続可能性に配慮しているか」。世界の天然魚の3分の1は取りすぎと言われる。大量の食材を使う五輪でも資源を守ろうという考えが出てきた。

ロンドン大会で使われた天然魚は、世界で最も知られる「海洋管理協議会」(MSC、本部・英国)の認証品を使うのが原則だった。15年に国連が持続可能な開発目標(SDGs)を定めると流れは定着し、同様の基準は翌年リオデジャネイロ大会にも引き継がれた

朝日新聞(2019.11.24)

MSC認証マーク.jpg
MSC認証マーク付きで販売されている魚。MSCのホームページより。
引用中に出てくるMSCとは Marine Stewardship Counsil というNPO団体で、もちろん日本にも支部があります。MSCでは「持続可能な漁業のための原則や規準」を定めていて、それにのっとって行われる漁業に対して「MSC漁業認証」(=海のエコラベル)を与えます。また「MSC漁業認証」で漁獲された水産物が消費者に渡るまでの流通経路に関わる企業に対して「CoC認証」を与えています。CoCとは「管理の連鎖(Chain of Custody)」で、認証水産物と非認証水産物を区別し、認証水産物のトレーサビリティを担保します。EUでは既に「MSC認証マーク」付きの魚が販売されています。


大野はセミナーなどに足を運び、競うように取っていたら魚がいなくなると気づいた。MSCの取得は東京湾全体での漁業の対策を求められるなどハードルが高い。昨年、より取得がしやすい日本の民間団体の認証を得た。MSC取得も目標に日々取り組みを続けている。

だが、東京大会の組織委員会が17年に決めた調達基準は、持続性を担保できる認証がなくても、行政が確認した資源管理計画があれば使えると認めた。SDGsの理念と逆に調達のハードルは下がった。資源管理計画は漁業者が作り、第三者の審査はない。計画通りに行うことも義務づけられていないからだ。この計画のもとでの漁が、国内の漁獲量の9割を占める。

大野は、提供できる水準にある喜び、低い水準になったことの残念さ、複雑な思いを抱いた。

東京大会は「おもてなし」をアピールして開催を勝ち取った。組織委の関係者は「基準を厳しくすれば国産品を使えないかもしれないという悩みがあった」と語る。だが基準づくりに関わった世界自然保護基金(WWF)ジャパンの小西雅子(61)は、危機感を隠さない。「過去2大会より後退してしまった」 = 敬称略

(神田明美、前田大輔)
朝日新聞(2019.11.24)

以上のこの記事に書かれている内容を要約すると、以下のようになるでしょう。

◆ 全国の漁業者の多くは「資源管理計画」を作り、行政当局に提出している。この計画にもとづく漁業は漁獲量べースで9割を占める。

◆ しかしこの「資源管理計画」に第3者の審査はなく、計画通りに行うことも義務づけられていない。

◆ 船橋市の漁協は、持続可能な漁業であるという日本の民間団体の認証を得た。国内の大多数の漁業者よりは一歩進んでいる。しかしこれは国際的な認証(その代表はMSC)ではない。現在、MSCの認証を得るための活動を続けている。

◆ 2012年のオリンピック・ロンドン大会で、食材はMSC認証を受けたものを使うのが原則になった。これは2016年のリオデジャネイロ大会に引き継がれた。

◆ しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで使う食材は「資源管理計画」があればよいと、組織委員会が決めた。つまり「オリンピックで使う食材は持続可能性の認証を受けたもの」というトレンドが後退した。

東京2020が決定したのは2013年9月7日です。開催の7年前であり、その7年間で組織委員会は環境省と連携して「持続可能な漁業」を推進し、それを "東京2020のレガシー" にする時間は十分にあったはずです。いわゆる "ハコモノ" よりこの方がよほどオリンピックのレガシーにふさわしい。

おそらく2024年のパリ・オリンピックでは、EUの "盟主" であるフランス(=近代オリンピックの提唱国)は必ずMSC認証を前提とするでしょう。その次の2028年のロサンジェルスもそうなる可能性が高いのではないでしょうか。カリフォルニアは民主党の牙城であり、"エコ" の意識の高い州です。このままでは「東京2020だけが世界のトレンドに逆らった異質な大会」になりかねません。そこがいかにも残念だと思いました。

(2019.11.26)


 補記2:生食用のサケは養殖が必須 

我々はつい見過ごしがちなのですが、生食用のサケは養殖であることが必須です。その事情を書いた新聞記事を紹介します。


天然信仰を超えて
養殖だからできること

「養殖ビジネス」編集長
秋本 ただし

回転寿司で「よく食べられているネタ」をご存知でしょうか。1位は男女ともサーモンです。マグロは2位です。

実は、すしネタでサーモンを食べられるようになったのは養殖のおかげです。天然のサケ・マス類には、まれに寄生虫がいるので、以前は加熱するか、ルイベのように凍らせて食べていました。寄生虫はエサを介して感染します。寄生虫がいない飼料で養殖することにより、サーモンの刺身が普通に食べられるようになりました。

そんな養殖サーモンですが、支えているのは輸入品です。鮮度が強みの国産サーモンには、やりようによって大きなチャンスがあるはずです。

国内養殖のサーモンのブランドは100を超えます。「信州サーモン」や「みやぎサーモン」などで、これらは「ジャパンサーモン」と呼ばれつつあります。

朝日新聞(2020.11.10)

代表的な寄生虫のアニサキスはオキアミなどに寄生していて、サケはそれを餌として食べることで感染します。従って天然のサケを生で食べるのは危ない。まれに「生食用の天然サケ」を売っていますが、それは "ルイベ処理" といって、マイナス20度程度で24時間以上凍らせて殺菌処理をしたものです。天然のサケは加熱して食べるのが原則です。

一方、記事にあるように、養殖のサケは寄生虫の心配がないので生食が可能で、寿司や刺身やカルパッチョで食べられます。というわけで、現代の日本では、

 天然サケ → 鮭
 養殖サケ → サーモン(多くは輸入)

という言い方が定着しています。まさに、寿司ネタのサーモンは養殖のおかげなのです。

(2020.11.14)


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