ドイツ文化とスラヴ文化
No.1 とNo.2 でとりあげた「クラバート」ですが、訳者の中村浩三氏の紹介によると、作者のプロイスラーはドイツ人だが生まれはチェコのリベレツであり、リベレツのドイツ名はライヒェンベルクだとのことです。つまり「クラバート」はチェコ生まれのドイツ人が、ドイツ(当時はザクセン公国)に住むスラヴ系民族・ヴェンド人(チェコもスラヴ系です)のことを書いた物語ということになります。
このヴェンド人という言い方もドイツ語ですね。自民族の言語では「ソルブ人」であり、最近はソルブ人という言い方に統一されてきたようです。ドイツ系文化圏とスラヴ系文化圏は、ドイツ東部、チェコ、ポーランドあたりでは入り交じっているわけです。
スメタナ
これで思い出すことがあります。
スメタナ(ヴェドルジハ・スメタナ)という19世紀チェコの作曲家(1824-1884)がいます。交響詩「モルダウ」の作者として大変に有名ですが、チェコの国民楽派の祖であり、チェコやボヘミア地方(チェコ西部から中央部にかかての地域)を題材にした名曲を残しました。あのドボルザークにも大きな影響を与えたと言います。このことは学校の音楽の教科書にも出ていたはずです。
このスメタナの「母語」が実はドイツ語であり、日常会話はドイツ語で、チェコ語はできなかったということなのです。チェコ人としてチェコ語ができないことを恥ずかしく思ったスメタナは、成人してからチェコ語を学んだようです。
国民楽派というと、ドイツ、オーストリアを中心とするロマン派の音楽文化をベースとしつつも、ボヘミアの民族色を表に出してその独自性を主張しました。スメタナの「売られた花嫁」というオペラはボヘミアの農村が舞台だし、表題の「モルダウ」は「連作交響詩:わが祖国」という「祖国賛歌」の一部であり、まさにスメタナは「チェコ愛国者」でしょう。少なくともそういう印象がある。そのスメタナがドイツ語で会話していていて、ある年まではチェコ語がじゃべれなかった、とは少々意外な感じです。

そもそも現代人の意識する「国境」は比較的新しい概念で、19世紀以降、多くは20世紀以降のものです。チェコ(独立当時はチェコスロバキア)という国ができたのも20世紀初頭、ハプスブルク帝国崩壊後なのです。スメタナはプラハの東南東約140kmのリトミシュルという街の生まれで、ビール職人の息子だと言います。スメタナ家でドイツ語が話されていた経緯はよく知らないのですが、そうことも大いにありうるわけです。
そう言えば、交響詩「モルダウ」のモルダウは川の名前ですが、現在のプラハに行っても「モルダウ川」はありません。プラハの街の真ん中を流れてエルベ河にそそぐ川は「ヴルタヴァ川」で、モルダウはそのドイツ語名なのです。「オーストリア・ハンガリー帝国」で「モルダウ」が発表されたとき、当然のことながら、固有名詞はドイツ語名で呼ばれたと思います。それが現在まで残っているのではないでしょうか。
連作交響詩「わが祖国」
「モルダウ」を含む、スメタナの連作交響詩「わが祖国」(1882初演)の構成は次のようになっています。
ヴィシェフラド   | プラハにある城の名前 | |
ヴルタヴァ   | 川の名前=モルダウ | |
シャールカ   | チェコ伝説上の女性の名 | |
ボヘミアの森と草原から   | ||
ターボル   | ボヘミアの街の名前 | |
ブラニーク   | ボヘミアの丘陵の名前 |
第3曲の「シャールカ」だけが人の名前ですが、女性だけの戦士団を率いて戦ったのチェコの伝説上の女性の名前です。チェコの有名な作曲家に東南部モラヴィア地方出身のヤナーチェク(1854-1928)がいますが、彼もシャールカ伝説を題材にオペラを書いています。
![]() | |||
スメタナ「わが祖国」 ノイマン指揮・チェコフィルハーモニー管弦楽団(1975) |
スメタナもそういう流れにあると同時に、チェコの民族意識を前面に出して、自然、歴史、伝承をテーマにした交響詩群を作曲したわけです。
モルダウ
さて本題である「モルダウ」ですが、この曲はあまりにも有名で、私が付け加えることはほとんどありません。源流で水滴が集まって川を構成し、次第に大きな流れとなって、草原や牧場の間を流れ、プラハの街を通り、エルベ川に注ぐまでが、容易に想像できるような「音のマジック」で表現されています。
ところで話は変わるのですが、この曲は全く別の一つの芸術作品を連想させます。横山大観の「生々流転」(重要文化財)です。「生々流転」は、1998年に東京国立博物館で開催された「近代日本美術の軌跡展」で見たことがあります。水が川をなし、山峡を流れ、海にそそぎ、龍となって天に昇るという水の一生を描いた、40.7メートルの大作です。そのごく一部を掲げました。この「源流から下流までを、順に芸術作品として描く」というコンセプトが「モルダウ」を想起させるのです(「生々流転」の後半1/3は海の描写)。
![]() ![]() ![]() ![]() | ||
横山大観『生々流転』(1923)《部分》 川の流れの始まりから海までの、部分4箇所を取り上げた。このあとに海の描写と水蒸気が龍となって天に上る場面が続く(東京国立近代美術館のサイトより)。 |
もちろん2作品のテーマは違います。「生々流転」は題名がテーマそのものです。つまり「万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わっていくこと(広辞苑)」を表現していて、川は現実の川ではなく大観の想像上のものです。しかも、水が最後に龍になって天に登るところまでが描かれていて、再び地上に落ちて川となることが強く暗示されています。つまり「循環」や「輪廻」も表現しているわけです。ちなみに、No.2「千と千尋の神隠し」のハク(本名はニギハヤミコハクヌシ)がそうであるように、龍は水の神であり、水の化身です。これは中国からの影響をうけた日本古来の伝統です。
一方、「モルダウ」は、祖国の誇るべき自然環境としての「ヴルタヴァ河」がテーマであって、固有名詞が決定的に重要です。水が移り変わっていくさまを描いてはいますが、第一義的にはヴルタヴァ河とその周辺の自然の美しさ、あるいはその自然を愛するチェコの人々の心がテーマでしょう。
にもかかわらず「似ている」と感じるのは、まず「生々流転」を実際に鑑賞したときの印象です。この作品を実際に見ると「万物は流転する」というよりは「川を源流から河口、海まで描いた」という印象が強烈なのです。40.7メートルの「絵巻物」なので、一望することはできません。ガラスケースの中の作品を順番にだとっていくしかない。40.7メートル歩いて鑑賞が終わる、という身体感覚が印象的なのです。河を描いた絵画作品は日本にも西洋にもいっぱいありますが「源流から海までを、順に」というのはそうはない。絵巻物の伝統のある日本ならではの作品と言えるでしょう。
一方「モルダウ」に関して言うと、この曲はモルダウが大きな川幅となり、最後はエルベ河に注ぐところの描写で終わると言われています。確かに、最終局面で曲は大いに盛り上がり、最後は全オーケストラがフォルテシモで2音を鳴らすことで終わるのですが、その「盛り上がり」と「2音」の間で音楽は次第に静かになり、とうとうヴァイオリンだけになって、そのヴァイオリンが消え入るように上昇音階を演奏するところまでいくのですね。これはひょとしたら、水が水蒸気になって天に昇っていく描写ではないでしょうか。だとすると、これは「生々流転」のエンディング部分と非常に似ていることになります。
源流から河口・海までを一つの芸術作品として作るなら、絵巻物はうってつけの表現手段です。では、絵巻物以外にどういう手段が可能でしょうか。詩で表現するなら原理的に可能な感じはしますが、作品として意味あるものができるかは分かりません。考えられる有力な手段が「時間芸術」である音楽なのです。その意味で2つの芸術作品の偶然の「類似感」が印象的です。「生々流転」には水と自然の描写だけでなく、鹿、猿、馬、筏なども描き込まれていますが、「モルダウ」にも岸辺の住民の踊りや狩猟を音で描いたところがあります。そのあたりも似ています。「モルダウ」の演奏時間は12分程度ですが、「生々流転」のひととおりの鑑賞に要する時間もその程度でしょう。
連作交響詩「わが祖国」の一つとしてヴルタヴァ河を音楽にしようとするのはごく自然です。しかしどうやって河を主題に音楽を作るのか。プラハを流れる朝、昼、夜のヴルタヴァ河を描くという手もあります。春・夏・秋・冬のヴルタヴァ河というのもありうる。スメタナはそうではなくて「源流から下流まで」としました。その発想が、旋律の美しさ以上にこの曲の魅力となっていると思います。