No.299 - 優しさが生き残りの条件だった

No.211「狐は犬になれる」の続きです。今回の記事の目的は、現生人類(=ホモ・サピエンス)が地球上で生き残り、かつ繁栄できた理由を説明する「自己家畜化仮説」のことを書くのが目的ですが、この仮説は No.211 で紹介した「キツネの家畜化実験」と密接に関係しています。そこでまず、No.211 の振り返りから始めたいと思います。 キツネの家畜化実験 No.211「狐は犬になれる」で、ロシアの遺伝学者、ドミトリ・ベリャーエフ(1917-1985)が始め、現在も続いている「キツネの家畜化実験」の経過を書きました。ベリャーエフは人がオオカミを飼い慣らしてイヌにした経緯、もっと広くは野生動物を飼い慣らして家畜にした経緯を知りたいと考え、それを "早回しに" 再現する実験を1958年に開始しました。 ベリャーエフが着目したのは「家畜は従順である」という事実です。人間が家畜に期待するものは、ミルク、肉、乗り物、護衛、牧畜や狩猟の補助、仲間付き合い、癒し(ペット)などさまざまですが、すべての家畜に共通しているのは人間に対して従順、ないしは友好的ということです。 ベリャーエフはこの事実を逆転させ、人間が従順で友好的な野生動物を選別して育種してきたから家畜ができたとの仮説をたてました。そして実験を始めます。 彼は、ロシア各地の毛皮生産工場からキツネを数百頭購入し、その中から人間に友好的な個体を選別して交配をしました。もちろん、野生のキツネの中に初めから人間に慣れ慣れしい個体がいるわけでは…

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No.298 - 中島みゆきの詩(16)ここではないどこか

No.35「中島みゆき:時代」から始まって16回書いた "中島みゆきの詩" シリーズですが、今回は絵画の話から始めます。 なお、中島みゆきさんの詩についての記事の一覧が、No.35「中島みゆき:時代」の「補記2」にあります。 モネとマティス ── もうひとつの楽園 箱根のポーラ美術館で2020年4月末から半年間、ある展覧会が開催されました。 モネとマティス もうひとつの楽園 (2020年4月23日 ~ 11月3日) と題した展覧会です。ポーラ美術館のサイトにはこの展覧会の概要が次のように説明してありました。 19世紀から20世紀にかけて、急速な近代化や度重なる戦争といった混乱した社会状況のなか、「ここではないどこか」への憧れが、文学や美術のなかに表れます。なかでもクロード・モネ(1840-1926)とアンリ・マティス(1869-1954)は、庭や室内の空間を自らの思うままに構成し、現実世界のなかに「楽園」を創り出した点において、深く通じ合う芸術家であると言えます。 モネは19世紀末、近代化するパリを離れ、ジヴェルニーに終の住処を構えます。邸宅の庭で植物を育て、池を造成し、理想の庭を造りあげたモネは、そこに日々暮らしながら、睡蓮を主題とした連作を制作しました。一方、南仏に居を構えたマティスもまた、テキスタイルや調度品を自在に組み合わせ、室内を演劇の舞台さながらに飾り立てて描きました。こうしたモティーフは、南仏の光とともにマティスのアトリエと作品を彩っ…

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