No.286 - 運動が記憶力を改善する

No.272「ヒトは運動をするように進化した」の続きです。No.272 は、アメリカ・デューク大学のポンツァー准教授の「運動しなければならない進化上の理由」(日経サイエンス 2019年4月号)を紹介したものでした。この論文の結論を一言で言うと、 運動は自由選択ではなく、必須 ということです。人は、より健康に過ごすために運動(=身体活動)をするのではなく、普通の健康状態で過ごすためには運動が必要なのです。論文の中では、運動が人の生理機能に良い影響を与えることがいろいろと書かれていましたが、その中に次の文章がありました。 運動は神経新生と脳の成長を促す神経栄養分子の放出を引き起こす。また、記憶力を改善し、加齢による認知機能の低下を防ぐことでも知られている。 ハーマン・ポンツァー 「運動しなければならない進化上の理由」 (日経サイエンス 2019年4月号) 我々は、運動が身体に及ぼす良い影響というと暗黙に、呼吸器系・循環器系(心肺機能)、体脂肪や筋肉、関節や骨密度、免疫機能つまり病気に対する抵抗力などを考えます。ざっくりと言うと、我々が「体力」という言葉で考える範疇についての運動の好影響です。 「日経サイエンス」 (2020年5月号) それは全くその通りなのですが、忘れてならないのは「脳に対する運動の影響」です。それは既に常識のはずで、たとえば介護施設などでは認知症予防のために(軽い)身体活動をやっています。しかし、話は介護施設や高齢者にとどまりません。も…

続きを読む

No.285 - ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番

No.281~No.283 の記事でショスタコーヴィチの3作品を取り上げました。 No.281 - 交響曲 第7番「レニングラード」 No.282 - オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」 No.283 - 交響曲 第5番 ですが、今回はその継続としてショスタコーヴィチの別の作品をとりあげます。ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77(1948)です。 実は No.9~No.11で、20世紀に書かれた3曲のヴァイオリン協奏曲について書きました。作曲された年の順に、シベリウス(1903/1905。No.11)、バーバー(1939。No.10)、コルンゴルト(1945。No.9)です。 しかし思うのですが、20世紀のヴァイオリン協奏曲ではショスタコーヴィチの1番が最高傑作でしょう。それどころか、これは個人的な感想ですが、この曲がヴァイオリン協奏曲のベストです。ベートーベン(1806)、メンデルスゾーン(1844)、ブラームス(1878)、チャイコフスキー(1878)の作品が「4大ヴァイオリン協奏曲」などと言われ、またチャイコフスキーを除いて「3大ヴァイオリン協奏曲」との呼び方もあります。しかしこれらは「19世紀のヴァイオリン協奏曲」であり、20世紀まで含めればショスタコーヴィチが一番だと(個人的には)思うのです。 というわけで以下、譜例とともにショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲 第1番を振り返ってみたいと思います。 ショスタコーヴィチとヴァイオリニスト…

続きを読む

No.284 - 絵を見る技術

このブログでは今までに絵画について、本から多数の引用をしてきました。まず『怖い絵』を始めとする中野京子さんの一連の著書です。中野さんの著作全体に流れている主張は、 1枚の絵の "背景"、つまり画家が描くに至った経緯や画家の個人史、制作された時代の状況などを知ると、より興味深く鑑賞できる ということでしょう。絵画は「パッとみて感じればよい、というだけではない」という観点です。 また、絵画の鑑賞は視覚によるわけですが、その視覚は脳が行う情報処理の結果です。次の3つの記事、 No.243「視覚心理学が明かす名画の秘密」 No.256「絵画の中の光と影」 No.277「視覚心理学と絵画」 は「視覚心理学と絵画」というテーマでした。No.243, No.256 は心理学者の三浦佳世・九州大学名誉教授の本、ないしは新聞コラムによります。脳の情報処理には錯視にみられるような独特の "クセ" があり、画家は意識的・無意識的にそのクセを利用して絵を描いています。つまり、 視覚心理学が明らかにした人間の脳の働きを知っておくと、より興味深く絵画を鑑賞できる のです。もちろん絵画の鑑賞においては、その絵をパッと見て「いいな」とか「好きだ」とかを "感じる" のが出発点であり、それが最も重要なことは言うまでもありません。前提知識がなくても鑑賞は全く可能です。しかし前提知識があると鑑賞の面白味が増すということなのです。 秋田麻早子 「絵を見る技術」 (朝日出版社 201…

続きを読む