No.215 - 伊藤若冲のプルシアン・ブルー

No.18「ブルーの世界」で青色顔料(ないしは青色染料)のことを書いたのですが、その中に世界初の合成顔料である "プルシアン・ブルー" がありました。この顔料は江戸時代後期に日本に輸入され、葛飾北斎をはじめとする数々の浮世絵に使われました。それまでの浮世絵の青は植物顔料である藍(または露草)でしたが、プルシアン・ブルーの強烈で深い青が浮世絵の新手法を生み出したのです。絵の上部にグラディエーション付きの青の帯を入れる「一文字ぼかし」や、本藍とプルシアン・ブルーをうまく使って青一色で摺るといった手法です(No.18)。プルシアン・ブルーが浮世絵に革新をもたらしました。 そして日本の画家で最初にプルシアン・ブルーを用いたのが伊藤若冲だったことも No.18「ブルーの世界」で触れました。その若冲が使ったプルシアン・ブルーを科学的に分析した結果が最近の雑誌(日経サイエンス)にあったので、それを紹介したいと思います。 伊藤若冲『動植綵絵』 宮内庁・三の丸尚蔵館が所蔵する全30幅の『動植綵絵』は、伊藤若冲の最高傑作の一つです。この絵を全面修復したときに科学分析が行われ、プルシアン・ブルーが使われていることが判明しました。その経緯を「日経サイエンス」から引用します。以下の引用で下線は原文にはありません。 伊藤若冲の代表作『動植綵絵』は、1999年度から6年間にわたり、大規模な修理が行われた。絹に描かれた絵から裏打ちの和紙をすべてはがし、新たに表装しなおす「解体修理」だ。作品を裏からも見…

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No.214 - ツェムリンスキー:弦楽4重奏曲 第2番

No.209「リスト:ピアノソナタ ロ短調」からの連想です。No.209 において、リストのロ短調ソナタは "多楽章ソナタ"と "ソナタ形式の単一楽章" の「2重形式」だと書きました。そしてその2重形式を弦楽でやった例がツェムリンスキーの『弦楽4重奏曲 第2番』だとしました。今回はそのツェムリンスキーの曲をとりあげます。 ツェムリンスキーについては No.63「ベラスケスの衝撃:王女とこびと」にオペラ作品『こびと』(原作:オスカー・ワイルド)と、それにまつわるエピソードを書きました。今回は2回目ということになります。 ツェムリンスキー(1871-1942) アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871-1942)はウィーンに生まれたオーストリアの作曲家です。指揮者としても著名だったようで、ウィーンのフォルクス・オーパーの初代指揮者になった人です。作曲家としての代表作品は各種Webサイトに公開されているので省略します。 このブログで以前とりあげた当時のウィーンの音楽人との関係だけを書いておきます。まず、No.72「楽園のカンヴァス」でシェーンベルク(1874-1951)の「室内交響曲 第1番」について書きましたが、ツェムリンスキーの妹がシェーンベルクと結婚したため、ツェムリンスキーとシェーンベルクは義理の兄弟です。また No.63「ベラスケスの衝撃:王女とこびと」で書いたように、マーラー(1860-1911)の夫人のアルマはツェムリンスキーのかつての恋人でした。No.9…

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No.213 - 中島みゆきの詩(13)鶺鴒(せきれい)と倒木

前回の No.212「中島みゆきの詩(12)India Goose」では、India Goose(= インド雁がん)という詩にちなんで "鳥" が出てくる中島みゆきさんの楽曲を振り返りました。これはオリジナル・アルバムとして発表された作品の範囲であり、また、漏れがあるかも知れません。 実は前回、鳥が出てくる中島さんの楽曲で意図的にはずしたものがありました。2011年に発表された38作目のアルバム『荒野より』に収められた《鶺鴒(せきれい)》という曲です。今回はその曲をテーマにします。まず題名になっている鶺鴒せきれいという鳥についてです。 なお、中島みゆきさんの詩についての記事の一覧が、No.35「中島みゆき:時代」の「補記2」にあります。 セキレイ(鶺鴒) セキレイ(鶺鴒)はスズメより少し大型の、日本で普通に見られる鳥です。自宅近くの県立公園でも見かけます(セグロセキレイ)。街中でも見かけることがある。鳴き声はスズメをちょと長くした "チュ~ン" というような感じです。ピンと伸びた細長い長方形の尾が特徴で、この尾をしばしば上下に振る習性があります。それが地面をたたくようにも見える。セキレイのことを英語で Wagtail と言いますが、wag は振る、tail は尻尾で、セキレイの習性を言っています。 "鶺鴒" とは難しい漢字ですが「角川 大字源」によると、"鶺" は "たたく"(=拓、啄)、"鴒" は "打つ" の意味だとあります。地面をたたく・打つように長い尾を上下さ…

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