No.140 - 自動詞と他動詞(1)

前回の No.139「雪国が描いた情景」に続いて、言葉がヒトの思考に与えている影響の話です。前回、英語を比較対照の「鏡」として日本語を考えましたが、今回も英語にまつわる経験から始めます。 聞き取れなかった車内アナウンス いつだったか忘れたのですが、東京を中心とするJRの車内アナウンスで英語での案内が始まりました。次の駅をアナウンスすると同時に、乗り換えが案内されます。たとえば次の駅で山手線に乗り換えてくださいというケースだと、  Please change here for Yamanote line. というアナウンスです。 実はこのアナウンスが始まったとき、here という単語が聞き取れませんでした。中学校で習うような基本的な英単語です。二・三回アナウンスを聞いてから、そうだ here だ、と分かったのですが、自分の英語のリスニング能力に疑問符がついたようで、軽いショックを受けたものです。それで記憶に残っています。 なぜ極めてベーシックな単語が(当初)分からなかったのか、それを考えてみると「電車を乗り換える」という英語表現を  Please change trains for Yamanote line.  ないしは Please change trains here for Yamanote line. という形で記憶していて、change のあとには trains もしくはそれ相当の目的語が続くものだ…

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No.139 - 「雪国」が描いた情景

以前に「言語が人間の認知能力に深く影響する」というテーマで書いた記事がありました。 ◆No.49 - 蝶と蛾は別の昆虫か ◆No.50 - 絶対方位言語と里山 の二つです。今回はその継続です。 少し振り返ってみると、No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」では、蝶と蛾を言葉で区別しないフランス語(パピヨン=鱗翅類)とドイツ語(シュメッタリンク=鱗翅類)を取り上げ、  日本人で「蝶は好きだが蛾は嫌い」という人が多いのは、蝶と蛾を言葉で区別するからであり、フランス語やドイツ語のように言葉で区別しなければ、昼間の蝶と夕暮れ時の蛾を両方とも好きになるのではないか。一方が好きで一方が嫌いという「概念」がそもそも思い浮かばないはず。 という主旨の「仮説」を書きました。その傍証としたのはドイツ人が書いた『蝶の生活』という本の序文で、そこでは蝶と蛾をごっちゃにして「愛すべきものたち」と書かれているのでした。 またNo.50「絶対方位言語と里山」では、世界には相対方位(右・左・前・後など)がなく絶対方位(東・西・南・北など)だけの言語があり、そのような言語を話す人々は空間認知力が優れ、デッド・レコニング能力(= 見知らぬ土地につれて行かれても絶対方位が分かり、自宅の方向が分かる能力)があることを紹介しました。 さらに「里山」という言葉が発明されたからこそ「里山を守ろう」という運動が起きたわけです。言葉がなくても里山が古来からの人々の生活と自然生態系に重要な役割を果たして…

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