No.138 - フランスの「自由」

2015年1月7日、フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリ本社がテロリストに襲撃される事件が起きました。この後の一連の報道に接する中で、以前の記事 No.42「ふしぎなキリスト教(2)」で書いたフランス革命の話を連想したので、その経緯を書いてみたいと思います。 シャルリー・エブド 2015年1月7日午前11時半ごろ(日本時間、同日19時半頃)フランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリの本社に2人のテロリストが乱入して銃を乱射し、編集長、編集関係者、風刺画家、警官の12人が射殺されました。テロリストは「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者・ムハンマドの風刺画を掲載していることに反発したようです。 1月11日、フランス全土で「シャルリー・エブド」への連帯を示すデモ行進が行われ、350万人以上が参加しました。パリでは100万人以上とも言われる規模の行進が行われました。このときの「私はシャルリー」というスローガンは、 ・反テロの決意 ・表現の自由を守る決意 の表明です。この「パリ大行進」では、フランス、イギリス、ドイツの大統領・首相と並んでイスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長が先頭に立ったのが印象的でした。 1月14日に発行された「シャルリー・エブド」は再びムハンマドの風刺画を掲載しましたが、今度はこれに抗議するデモが世界各国のイスラム教国で発生しました。 今回のテロに関しては「アラビア半島のアルカイダ」が犯行声明を出…

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No.137 - グスタフ・マーラーの音楽(2)

(前回から続く) 前回に続き『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾・村上春樹)から、マーラーの音楽が語られている部分を紹介します。前回の終わりの方にも取り上げた「音楽の形式」に関係したものです。 「小澤征爾さんと、音楽について話をする」 (新潮社。2011) 形式を意識的に崩した音楽 「形式を意識的に崩した音楽」というマーラーの特徴に関して、小澤征爾・村上春樹両氏が語り合う場面があります。交響曲 第1番『巨人』の第3楽章を聞きながらの会話です。第3楽章はコントラバスのソロが演奏する「葬送のマーチ」で始まります(譜例71)。 前回(No.136)でも話題になったように、ここは「重々しく、しかし引きずらないように」という指示が楽譜にあります(譜例71のドイツ語)。村上さんはそういう音をどのように作るのかを小澤さんに質問します。 (村上春樹) 最初にコントラバスのソロが出てきますが、そういう音の設定みたいなものも指揮者が出すわけですか? それはちょっと重すぎるとか、もう少しあっさりやってくれとか。 (小澤征爾) まあ、そうですね。ただね、そのへんはもうコントラバス奏者の音色とか、持ち味で決まってしまう部分が多いんです。指揮者がそんなに口を出せるところじゃない。しかしね、コントラバスのソロそのものが特殊なのに、楽章の冒頭にそんなのが来るなんてね。マーラーって、よっぽど変わった人ですよ。 (p.241) 音楽の始めに「コントラ…

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