No.127 - 捕食者なき世界(2)

(前回より続く) 前回に引き続き、ウィリアム・ソウルゼンバーグ著『捕食者なき世界』(文藝春秋 2010。文春文庫 2014)の内容を紹介します。 「捕食者なき世界」の原題は「Where the Wild Things Were」であり、訳すと「怪獣たちのいたところ」である。Wild Thingsは ”荒くれ者”、”手におえない者”というようなニュアンスであるが、それを"怪獣"としたくなるのは、この原題がセンダックの有名な絵本「かいじゅうたちのいるところ - Where the Wild Things Are」をもじってつけられているからである。現在(are)を過去(were)に変えただけの "こじゃれた" タイトルである。 鳥が消えた島 パナマにバロ・コロラドという、17平方キロメートルほどの島があります。ここはかつて山の頂いただきでしたが、1913年のパナマ運河の建設にともなって湖ができると周りが水没し、湖の中に取り残されたて島になりました。この島は生物保護区になり、スミソニアン研究所の管理のもと、継続的に自然生態観察が行われてきました。 熱帯の森を研究していたプリンストン大学のジョン・ターボー教授は、1970年に初めてこの島を訪れました。島ができてから50数年後ということになります。 バロ・コロラド島で分かったことは、島ができた直後には209種の鳥が確認できたのですが、1970年の段階では、そのうちの45種が見られなくなったということです。バロ・コロラド島の森林…

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No.126 - 捕食者なき世界(1)

No.119-120「不在という伝染病」で、アメリカのサイエンス・ライター、モイゼス・ベラスケス=マノフ氏の著書『寄生虫なき病』(文藝春秋 2014)を紹介しました。この本で取り上げられている数々の研究を一言で言うと、  ヒトと共生してきた体内微生物の「不在」が、アレルギーや自己免疫疾患を発病する要因になっている。その「不在」は、人間の「衛生的な」生活で引き起こされた。 ということになるでしょう。いわゆる「衛生仮説」です。著者は、人間と共生微生物が作っている人体生態系を「超個体」とよび、20世紀になって超個体の崩壊が進んできたことを強調していました。 ウィリアム・ソウルゼンバーグ 「捕食者なき世界」 (文春文庫 2014) 表紙の写真は、絶滅した大型肉食獣、サーベルタイガーの頭部化石である。 その時にも書いたのですが、生態系の崩壊という意味では「自然生態系」の崩壊が近代になって急速に進んできたわけです。むしろその方が早くから注目され、警鐘が鳴らされてきました。今回はその「自然生態系」の話です。 人為的な自然生態系の破壊(主として農薬などの化学物質による破壊)に警鐘を鳴らした本としては、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962)が大変に有名ですが、もう一つ、最近出版された重要な本があります。ウィリアム・ソウルゼンバーグの『捕食者なき世界』(文藝春秋 2010。文春文庫 2014)です。今回はこの本の要点を紹介したいと思います。生物界には複雑な依存…

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No.125 - カサットの「少女」再び

青い肘掛け椅子の少女 No.86「ドガとメアリー・カサット」では、エドガー・ドガ(1834-1917)とメアリー・カサット(1844-1926)の交友関係を紹介しました。また No.87「メアリー・カサットの少女」では、カサットの絵画・版画作品、特に『青い肘掛け椅子の少女』の感想を書きました。その続きというか、補足です。 2014年5月11日から10月5日まで、ワシントン・ナショナル・ギャラリーで「ドガ カサット」という特別展が開催されています。2人の画家の芸術上の相互の影響と、ドガをアメリカに紹介するにあたってのカサットの役割を回顧する特別展です。私はもちろん行かなかった(行けなかった)のですが、展示会の内容を記した小冊子のデジタル・データがナショナル・ギャラリーのホームページに公開されたので、さっそく読んでみました。ナショナル・ギャラリーのフランス絵画部門のキュレーター、Kimberly Jones氏が執筆したものです。 その小冊子の中に、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する『青い肘掛け椅子の少女』(1878)の制作過程に関する最近の発見が書いてあったので、それを紹介します。 メアリー・カサット(1844-1926) 『青い肘掛け椅子の少女』(1878) (ワシントン・ナショナル・ギャラリー) (site:www.nga.gov) ドガの関与 No.87「メアリー・カサットの少女」にも書いたように、この作品には「ドガの手が入っている」…

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