No.70 - 自己と非自己の科学(2)

前回の、No.69「自己と非自己の科学(1)」に引き続き、故・多田富雄氏の2つの著作が描く免疫システムの紹介です。ここからは、私自身が多田氏の本を読んで強く印象に残った点、ないしは考えた点です。 多田富雄 『免疫の意味論』多田富雄 『免疫・自己と非自己の科学』 免疫システムの特徴 多田氏の2冊の著作が描く免疫システムを概観すると、それは幾つかの際だった特徴をもっていることに気づきます。免疫システムの特徴をキーワードで表すと以下のようになると思います。  自己組織化  免疫は、刻々変わる「自己」と「非自己」に対応してシステムのありようを変え、再組織化していきます。この「自己組織化」は、変化する環境に対応して「困難な」目標を達成するべく運命づけられたシステムの必然なのでしょう。  冗長性  前回の No.69「自己と非自己の科学(1)」の中の「免疫のプロセス」で、多田氏の本からそのまま引用してB細胞とT細胞が絡む免疫の過程を紹介しました。このプロセスは、かなり複雑でまわりくどく、また冗長だと感じられます。もっとシンプルにできないのか。 免疫学の歴史上有名な「クローン選択説」があります。オーストラリアのウイルス学者・バーネットが1957年代に出した免疫のしくみを説明する学説で、現代免疫学の根幹をなす重要な学説です。それをB細胞を念頭において模試的に描いたのが次の図です。 クローン選択説 (『免疫・自己と非自己の科学』より) …

続きを読む

No.69 - 自己と非自己の科学(1)

理系学問からの思考 No.56「強い者は生き残れない」で、進化生物学者・吉村仁氏の同名の本(新潮選書 2009)の内容から、どういう生物が生き残ってきたかについての学問的知見を紹介しました。ここで以下のように書きました。 ふつう人間や社会を研究するのは文学、哲学、心理学、社会学、政治学、経済学などの、いわゆる文化系学問だと見なされています。それは正しいのですが、理科系の学問、特に生命科学の分野、物理学、数学などから得られた知見が、人間の生き方や社会のありかたに示唆を与えることがいろいろあると思うのです。 いわゆる「理系学問」の一つの大きな目標は、宇宙や生物を含む広い意味での「自然」の原理や成り立ちを探究することです。従ってそこで得られた知見はあくまで自然に関するものですが、しかしそれが人間社会のありかたに対する示唆となる場合があるはずだ・・・・・・。そういう問題意識が『強い者は生き残れない』という本を紹介した理由でした。 全く同じ考えで、別の本の内容を紹介したいと思います。今回も生命化学の一分野ですが、免疫学に関するものです。 多田富雄氏の2つの著作 免疫学について私が過去に読んだ本のなかで印象的だったのは、免疫学者である故・多田富雄氏の、 ◆免疫の意味論(青土社 1993)◆免疫・「自己」と「非自己」の科学(NHKブックス 2001) という2つの著作です。 多田富雄 『免疫の意味論』多田富雄 『免疫・自己と非自己の科学』 以下、この本の内容を…

続きを読む

No.68 - 中島みゆきの詩(5)人生・歌手・時代

人生について No.66「中島みゆきの詩(3)別れと出会い」において、1990年代以降の詩に「ふたり」や「愛について」のテーマが増えることを言ったのですが、同じ時期から「人生」や「生きること」について、また「人の一生」について語った作品が発表されるようになりました。その例が1991年の《永久欠番》です。 《永久欠番》 ・・・・・・人生について No.66「中島みゆきの詩(3)別れと出会い」において、1990年代以降の詩に「ふたり」や「愛について」のテーマが増えることを言ったのですが、同じ時期から「人生」や「生きること」について、また「人の一生」について語った作品が発表されるようになりました。その例が1991年の《永久欠番》です。 《永久欠番》 ・・・・・・ どんな記念碑メモリアルも 雨風にけずられて崩れ 人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう だれか思い出すだろうか ここに生きてた私を 100億の人々が 忘れても 見捨てても 宇宙そらの掌てのひらの中 人は永久欠番 宇宙そらの掌てのひらの中 人は永久欠番 A1991『歌でしか言えない』 A1991『歌でしか 言えない』人間の一人一人の「かけがえのなさ」が、非常に直接的な言葉で詩の最後の部分(と題名)に表現されています。 《永久欠番》のような曲を聞くと詩だけを引用することの限界を強く感じます。上に引用したのは最後の部分ですが、全体の構成(詩の大意と時…

続きを読む