No.51 - 華氏451度(1)焚書

No.28「マヤ文明の抹殺」において、16世紀に中央アメリカにやってきたスペイン人たちがマヤの文書をことごとく焼却した経緯を紹介したのですが、そこで、ブラッドベリの名作『華氏451度』を連想させる、と書きました。今回はその連想した本の感想を書きます。米国の作家、レイ・ブラッドベリ(1920 - )の『華氏451度』(宇野利泰・訳。早川書房)です。 華氏451度(Fahrenheit 451 : Ray Bradbury 1953) まず、この小説のあらすじです。後でも触れますが、1953年に出版された小説ということが大きなポイントです。 (以下に物語のストーリーが明らかにされています) レイ・ブラッドベリ 『華氏451度』 宇野 利泰 訳 (ハヤカワ文庫SF, 2008) 未来のある国の話です。どこの国なのか、最初は分からないのですが、途中からアメリカの地名がいろいろ出てきて、舞台が未来のアメリカであることが分かります。 その時代、本の所持と本を読むことが禁止されています。本の所持が見つかると、焚書官と呼ばれる公務員が発見現場に急行し、本を焼きます。小説の題名の華氏451度は摂氏233度に相当し、紙の発火温度を示します。 焚書官と訳されていますが、原文ではファイアーマン(fireman)です。言うまでもなく消防士のことですが、この時代には建物が完全耐火建築になり、消防士(ファイアーマン)は不要になりました。消防士は焚書官(ファイアーマン)となり、かつての…

続きを読む

No.50 - 絶対方位言語と里山

(前回から続く) 前回のNo.49「蝶と蛾は別の昆虫か」では、蝶と蛾を例にとって言葉が人間の世界認識に影響するということを言ったのですが、一歩進んで、言葉が人の認知能力にも影響し、さらには人の行動にまで影響するということが、学問的に究明されつつあります。あらためて整理すると、 人は言語で世界を切り取って認識している。言語は、その人の世界認識に影響を及ぼしている。さらに、人の認知能力に影響を及ぼし、また行動にも影響する。 ということなのです。この端的な例が「絶対方位言語」です。 絶対方位言語 日経サイエンス 2011年5月号に「言語で変わる思考」という記事が掲載されていました。これは米国スタンフォード大学で認知心理学を研究しているボロディツキー助教授が書いたものです。この中に「絶対方位言語」の興味深い例があります。 人間の言葉には、方向や方角、位置関係を示す言葉がいくつかあります。まず「左」と「右」ですが、これは「相対方位」です。「私」を基準にとると、自分の視線の方向を基準にして心臓のある方向を「左」、反対側を「右」と言っているわけです。どの場所が左でどの場所が右かは、基準のとりかたによって変わります。相手を基準にする場合、混乱を避けるために「あなたから見て、向かって右」という風に丁寧に言ったりしますね。つまり「左」「右」はある基準からみた「相対方位」です。「前」や「後」も同じです。 これに対して「東・西・南・北」は(この地球上で生活している限りは)基準の取りかたに…

続きを読む