No.17 - ニーベルングの指環(見る音楽)

No.14-16 に続いてリヒャルト・ワーグナーの「ニーベルングの指環」です(以下『指環』と略)。今回のタイトルは「見る音楽」ですが、ここでの「見る」とは劇場やDVDでオペラを見るという意味ではありません。オペラのスコア(総譜・楽譜)を見るという意味です。『指環』はスコアを見てこそ初めて納得できることがいろいろあると思うのです。以下にその「見て分かる」ことを書きます。 スコアでまず分かること このオペラのスコアは Dover社のペーパーバックで比較的容易に入手できます。その表紙を掲げました。 スコアでまず分かること、それは「物量」です。4つのペーパーバック版スコアの厚みとページ数は   ラインの黄金 2.0 cm  327ページ  ワルキューレ 4.0 cm  710ページ  ジークフリート 2.5 cm  439ページ  神々の黄昏 3.5 cm  615ページ合計12.0 cm  2091ページ もあります。ちなみに合計の重さは 6.6kg です。合計2091ページもの紙面の全てが隅々まで音符で埋め尽くされているのはちょっと壮観です。15時間のオペラならこれぐらいになるのは当然といえば当然なのですが、一つの芸術作品でこれだけの量があるという、その「物量感」に圧倒されるので…

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No.16 - ニーベルングの指環(指環とは何か)

No.14 とNo.15 に続いてリヒャルト・ワーグナーの「ニーベルングの指環」です。ここでは、このオペラにおける《指環》とは何かについて、自由に発想してみたいと思います。なお、以降で『指環』は「ニーベルングの指環」というオペラを意味し、《指環》は金属加工品としての指環を示します。 《指環》=金属製錬技術の象徴 端的に言うと《指環》とは「金属製錬技術」の象徴だと考えられます。ここで言う金属製錬技術とは広い意味です。つまり金属の元となる鉱石を採掘し、そこから金属だけを抽出し、純度を高め(=精錬)、金属製品に加工するまで全てを指します。この意味での金属製錬技術を象徴するのが《指環》であり、また金属製錬技術を持つ集団がニーベルング族です。 『指環』の物語の発端となるライン河の黄金ですが、古来より黄金は権力の象徴でした。古代エジプトのツタンカーメンの黄金のマスクは有名ですし、ギリシャ文明のミケーネからは「アガメムノンの黄金のマスク」が出土しています。南米のインカ文明でも黄金文化が栄えました。日本においても奥州平泉の藤原氏の権力基盤は黄金です。豊臣秀吉が作らせた黄金の茶室などは権力の象徴の最たるものでしょう。黄金はその稀少性と光り輝く美しさ、変質しないことにより、権力者が競って求めるものとなり、その製錬技術を持った集団が重用されたことは想像にかたくありません。 人類史をひもとくと青銅も重要な金属です。青銅は農機具や宗教用の器具、日用品、武器などの「実用」に初めて広く使われた金属です。…

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No.15 - ニーベルングの指環(2)

(前回より続く)ライトモティーフの物語性(2) 前回に類似したライトモティーフとして「指環」と「ワルハラ」、「呪い」と「ジークフリート」の例をあげましたが、さらに別の例をあげます。 『指環』の最初に出てくるライトモティーフは」「自然の生成」と呼ばれる旋律です(譜例20)。「ラインの黄金」の前奏曲の冒頭、ファゴットとコントラバスの低い連続音が続いた後にホルンで演奏される旋律で、変ホ長調の主和音を力強くシンプルに上昇する、まさに「生成していく」という感じのライトモティーフです。この旋律はその後さまざまに変奏され、「自然」や「ライン河」などの一連のライトモティーフ群を形成します。ここまでは直感的に非常によく理解できます。 しかし「ラインの黄金」の終わりも近くの第4場になって「自然の生成」のちょっと異質な変奏が出てきます。それが短調の「エルダ」のライトモティーフです(譜例21)。エルダは大地の女神であり、全てを見通している知恵の女神です。そして譜例21とともに登場した彼女は「指環を手に入れるとき破滅が待っている。指環の呪いを恐れよ」と、神々の長であるヴォータンに警告を発します。この場面では「自然の生成」(譜例20)も登場し、譜例21がその変奏であることがクリアに分かるようになっています。 そしてそのすぐあとに、短調の別の変奏(譜例22)がヴァイオリンに現れます。このライトモティーフは「神々の没落(黄昏)」という名前がついていて、これはその後の『指環』の進行の中でしばしば現れます…

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