No.2 - 「千と千尋の神隠し」と「クラバート」(2)

(前回より続く)労働の場 「クラバート」はどういう物語でしょうか。 これは一言で言うと「大人になる物語」です。1人の少年が水車場という「労働の場」に入り、そこで学び、生きるすべを獲得し、大人になります。水車場は一般の社会における組織やコミュニティの象徴と考えて良いでしょう。その大人になるプロセスのキーワードは「魔法」と「自立」です。 クラバート(下) (偕成社文庫 4060)まずクラバートが「労働の場」に入る契機に注目したいと思います。それは親ないしは保護者から言われたわけではないし、そこで働き口があることをクラバートが調べたわけでもありません。「夢のおつげ」がきっかけなのです。クラバートは「そこがどういう場所なのか」「その場所が自分にどういう影響を与えるのか」「利益があるのか、悪影響しかないのか」などを全く知らないで「労働の場」に飛び込みます。 水車場では親方の厳格な支配のもと、あらきじめ決まっている厳格なルール、しきたり、規律があって、クラバートはそれに従うしかありません。クラバートは自分を律し、自分をそこに適合させることにまず全力を傾けます。水車場での「ルール、規則、決まり」は、なぜそうなっているのか不明なものも多いわけです。そもそも労働の目的や意味がはっきりしません。麦を粉にすること自体の価値は理解できますが(それは農業に付帯する必須作業です)、誰のためにその労働をしているのか、大親分とは誰なのか、物語の最後まで必ずしもはっきりしないのです。 こうい…

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No.1 - 「千と千尋の神隠し」と「クラバート」(1)

「千と千尋の神隠し」を映画館で見たときのことですが、「クラバート」によく似た物語の展開だなと感じました。この「感じ」は映画の最後の場面で決定的になったのを覚えています。あとで映画のパンフレットを読むと「クラバート」への言及があるし、宮崎駿さんのインタビューなどでは、彼はその影響を否定していないようです。 クラバート(上)(偕成社文庫 4059)「クラバート」は、チェコに生まれたドイツの児童文学者・プロイスラーが1971年に発表した小説です(日本語訳:中村浩三。偕成社。1985年)。実は、丸谷才一・木村尚三郎・山崎正和の3氏による書評本「固い本やわらかい本」(文藝春秋社。1986年)で「クラバート」が紹介されていたため、購入して読んでいたのです。文芸評論の「大家」である3氏の本に児童小説が紹介されていることに興味をそそられたわけです。「千と千尋の神隠し」はよく知られていますが「クラバート」を実際に読んだ人は少数でしょう。そこで「クラバート」のあらすじを紹介して「千と千尋の神隠し」との関係考えてみたいと思います。 断っておきますが「千と千尋の神隠しは、クラバートに影響されてできた映画だ」と言うつもりはありません。あの映画は宮崎さんの作り出した独創的なキャラクター群が何よりも魅力的だし(湯婆婆、銭婆、ハク、オクサレさま、カオナシ・・・)、影響どうのこうの言うなら、日本や東アジアの神話や民族伝承の影響がとてもたくさんあります。ハクが川の神に設定されていることなど、その典型です。宮崎さんに影…

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